9.「傲慢」ルシファー
視線が突き刺さっていた。
課題の時間は終わったのだろうか。
そこにはいかにも日本人好みらしい面立をした七つの大罪の新人悪魔ルシファーがいた。
仮にもルシファーという名前に対して新人というのもいかがなものかと思うが、それ以上に悪魔が日本人好みの外見ってどういうことなのと忍は思う。
しかし、そんなことよりも怯むべきは冷徹な眼差しだ。ここは魔界なので、それくらい十分にと言うかよくあることなのだろうが、故に自分はあまり動じてはいない。
だが、秋葉は違った。
「なんであいつあんなに突き刺さるような目線で見てくるの」
戦々恐々としながらそう隣で聞いてくる。殺気さえはらんでいるのか、司はそちらの気配にやや警戒気味だ。
「なんでって言うか人間嫌いっていうのは聞いてるからそれじゃないの」
「オレにはお前が平常心でいられることの方がやっぱり不思議だわ」
いつも通りの忍を見て、諦めたように言う秋葉。
そんなことを言われても自分の知っている真実は経験上一つなので、それを言う。
「人間を警戒してる動物に、さあ仲良くなろうと思って無理やり近づいてくのって逆効果なんだよね」
猫などは街角で散々見かけても、そんなことをすると大体逃げられる。
相手の様子も見ないで近寄れば本能に従って、そうなるのは当然だ。
人間嫌いと言うからには警戒されている内に近づこうとしても仲良くはなれまい。
「そういえばペットあるあるなんだけど、猫とか鳥って世話をしている人よりも一番静かなお父さんの所になぜか集まるって言う話」
「何で例えがペットなんだよ」
そう言われても同じ現象にしか見えないから続けるしかない。
「だから警戒心を解くにはほっとくのが一番ってこと」
随分時間がかかりそうな話だが無理に近づくよりはずっとマシな結果になると思う。というか相手が敵意むき出しなのにこちらから仲良くしようとは能天気すぎる。
「お前たちは人間のくせに閣下の手伝いができるなどと本気で思っているのか」
放っておくつもりが向こうから話しかけられた。
「手伝いって言うかふつうに過ごしてればいいって言われただけで。あとみんなの事をあらかじめ聞いていなかった」
聞かれたので事実のみ答えると、ただでさえ眉間にしわを寄せているルシファーの眉間にさらに深い皺が刻まれた。
「ならばこの状況を見て逃げ帰ろうとは思わないのか」
「え、別に」
せっかく巡ってきた魔界滞在の機会。アスタロトも不便のないように便宜を図ってくれるというし、特に心配していることはない。
秋葉から言わせると心配すべきは、まず一つ。己の身の安全についてだ。
これについては常にアスタロトが近くにいるわけではないので、確かに彼らが切れたら瞬殺される恐れはある。
「だから?」
しかし、せっかくの魔界滞在の機会だ。大事なことので二度言った。
なぜかふっ、と口元に笑みを浮かべて瞳を薄く細め、渋っていた顔を一転させるルシファー。
「いうなれば貴様らは人間としてのサンプルということだ」
続きは、みなまで聞かなくてもわかりそうなものだ。一応、待つ。
「つまり我々が人間というものを理解するために、いかようにも使っていいということだろう?」
解剖されそうだ。秋葉はそんな顔をしている。まあわからないでもない。ルシファーはそういう意味で言っているのだろうから。
「答えはノーです。観察するのは勝手だけれど使っていいとは、アスタロトさんは一言も言っていない」
これもまた事実。そのたった一言でルシファーの笑みは消え、眉間にシワがよった。傲慢を司る悪魔の、傲慢たる所以(ゆえん)。
全然司ってない彼は要するに持ち上げて、傲慢な部分を満たしてあげれば喜ぶのかもしれないが、そんなことを新人悪魔にしても意味はないし、そもそも忍は媚びるのが嫌いと言うか苦手と言うか。
媚びる自分が嫌になるのでそんなことは自分の為にもしたくない。
そんなわけで
「せっかく声をかけてくれたのに、そんな話で残念だけどまた何かあったら声かけて」
大した用はないと踏んでそう断った。逆なでするつもりはないが、結構ピリついているのが分かるのでこれ以上は関わらない方がいいだろう。
「人間の分際で」
彼らはそこから生まれちゃったりしてるわけだが、どうもこのセリフは嫌な予感しかしない。フラグだからといって何を言い返しても嫌いなものは嫌いなんだから、煽るだけだろう。おとなしく引く。
それがまたルシファーにとってはおもしろくない要素でしかないことは微妙すぎる展開だ。
とりあえず、先にその場を去ったのは忍たち三人。立ち止まったままのルシファーに背にかけられた声は聞こえなかったことにした。
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