8.大罪の行方

その後、アスタロトが説明をしたことは概ね、サタンが教えてくれたのと同じだった。

やはり人間が長いことかけてイメージで作り上げてしまったせいで、大分人間のようなそぶりを見せること、一般教育のあとはそれぞれ同名の魔王方々に引き取られるというのが新しい情報だ。


「……それはそれでややこしくないか?」

「ベルゼブブはベルゼビュートのところだから、呼び分けは容易だろうね。あとは知らない」

「知らないってお前、そんな無責任な」

「じゃあ君が教育してみるかい? これでも色々忙しい身なんだ。いくら配下に任せると言っても限界があるし、割と問題児ぞろいだよ」


わかる。下手に人間の思想が刷り込まれているから、何かおかしいことになっているのはもう初日でたっぷり見てしまった。それもたった二人見ただけで、驚きの主張力っぷりで理解できる。


彼らは全然「自分たちが誘発すべき罪」を制御できていない。


「人間のイメージから、ってそんな簡単に新しい悪魔は生まれるものなんですか?」


根本的なところを司が聞いた。


「通常だったらないよ。使われた名前が強力すぎて引きずられた一面もあるんだろうね」


確かに、名を連ねるのは有名な魔王クラスばかりだ。人間側にもさぞ、強烈に刷り込まれる知名度だったということもあるんだろう。


「前々から思ってた。レヴィアタンって海獣のはずなのに、なんで七分の一の確率で名だたる魔王の中に混入してるんだろう、って」

「だから人間が勝手にイメージでつけたっていうのがそこなんだ。大体、サタンだってこの魔界じゃ、陛下と同一の存在だの、アゼザルだの、神の使いだの諸説あって存在しないのになんで爆誕してるんだよ」

「そうなんか。人間の想像力ってすごいな」

「感心するな。割と大ごとだ」


悪魔王サタン。秋葉はじめみんなよく知らない。というか、諸説ありすぎて多分、世界中の誰も真実を知らない。

とりあえず、魔界の王であるルシファーは別個に存在するので同一人物説はなさそうだ。同一だったら同一で「なんで七つの大罪に同一扱いの悪魔が並んでるの?」みたいな疑問が生じてしまう。

何をどう取ってもヒューマンエラー以外の何物でもない割と雑な作りである。


「それで、そのサタンやレヴィアタンは誰が引き取るんだ」

「レヴィはルシファーと一緒に中央管理、サタンはボクが引き取ることになってる」


その言い方、猫とか犬とかそういう感じしかしない。


「あのヒトはここに残るんですか」

「……一番まともっぽく見えた。確かサタンは憤怒だったと思うけど、全然怒らないっぽかった」

「そうだな、憤怒で制御しきれてないってベレト様みたいだよ」


ベレト様は、人間界大嫌いで召喚された時は常に怒っていると言われる魔王だ。秋葉が指名されて観光案内をしたのは今となってはいい思い出。


……確かにずっと怒っていた。


「あはは、それじゃあ困るね。あとベレト閣下は魔界ではそんなに怒ってないから」

「見た目魔王で怖いけどな」

「そうなの!?」


見た目は威厳のある巨大な王様だった。魔界のオーケストラとともに現れたのがまず、みなさんの度肝を抜いたのも思い出。


「サタンは確かに表面上の制御はうまく出来ているね。教養についても問題ない」

「……お前、自分の手元に残すからそこだけ重点的に応用まで済ませてるんじゃないだろうな」

「まさか。本人の努力だよ」


ふふ、と笑いながらテーブルの上に出された果物を手に取る。魔界産のようだがライチにも見えていかがわしさはまったくない。


「で、結局その仕上げに忍たちを招いたってわけか。親睦の話はどうなった」

「ボクは交流について一任されているとは言ってない。一任された教育の中でこのプランは買いだなと思ったという意味で」

「……騙されたぞ、秋葉、シノブ、ツカサ」

「騙したつもりはないよ。全く嘘は言ってない。交流のために滞在してもらって、そのために必要なものはすべて用意するし、不自由はさせない。そう言ったろう?」


そう言われればそうだ。勝手にダンタリオンが大使としての仕事が必要だと解釈をしただけで、その真意までも確認しなかった。それはこちらの……というかダンタリオンの落ち度でもある。

それがわかってか、この野郎、みたいな顔をしているがアスタロトはどこ吹く風。


「そう言われると、交流相手がちょっと問題児だっただけで、何も目的は違わない」

「いや、けっこう違うよね。交流って言うか、教育の手伝いって言ってなかった?」

「だから普通に接してくれればいいんだよ。忍は話が早くて助かる。司は?」

「俺は初めから護衛兼任できているので」


秋葉のみ、置いて行かれそうなフラグだ。


「普通に接するって一体……」

「普通っていう言葉は秋葉が一番、いつも使ってた言葉だ。普通の日常をごく普通に過ごせばいいんだよ」

「魔界に来てる時点で、非、日常だよ!」


ここまで来てツッコんでも何も意味はあるまい。


「秋葉は諦めるのも得意技だったはず」

「……わかってる。別に無理やり仲良くしろってわけじゃなくて、こういう人間もいますってわかればいいようにオレも来たってことだろ?」

「本当にわかってるね」


……比較対象として秋葉も選定されていたらしい。


「でもアスタロトさん、さっきも少し話したんですけど忍は割とイレギュラーですよ? これが普通だと思われてもおかしなことになるんじゃ?」

「どういう意味。何がどうおかしいのか、50字以内で簡潔に述べよ」

「そういうところだよ」


この状況に億せば普通なのか。そもそも普通って何なの? ……このままでは哲学という名の水掛け論に入ってしまう。


「逆に聞くけど、魔界に順応できそうな人間が、誰かすぐに出る?」

「……。出ません」


アスタロトは見事にそれを止めた。


「すみません、それくらいアスタロトさんなら考えてますよね」

「何、急にしおらしくなってるの? 秋葉」

「なんか、初めて神魔の外交部に放り込まれた時のこと思い出したよ……オレもそんな感じの理由で真っ先にお前巻き込んだの、懐かしい初めの一歩だなって」

「懐かしいどころか現在進行形で関係が続いてるんだが」


司も少し遅れて定番メンバーになったので、それを言う権利はある。


「七つの大罪から生また、七人の悪魔、か。……名前が同じだけで紛らわしいが要は別物だと思って接していいんだな?」

「君も滞在するつもり?」

「悪いか」


悪くはないけど、という顔をしてから「まぁいいや」という何だかどうでもよさそうな呟きを漏らしたアスタロトさんに、ダンタリオンは不服そうだ。


「公爵も滞在? 向こうの仕事は」

「執事にやらせとく。急用あったら呼び出しでいいだろ。喜べ、お前ら。オレも手伝ってやるから」

「……ほんとに君、寂しがりなの?」


そして、魔界滞在はようやく本当の意味でのスタートを切ることになる。

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