38.反逆(4)

凄惨なことになっている豪華であったはずの食堂。奥に行くほど壁はメタメタに壊れ、元は一体何があったのかという感じになっている。


最後に壁にクレーターを作ったのはアスタロトのようだが、その壁際に膝をつくルシファーとアスタロトの前まで進んで忍は、彼を見た。

ルシファーの方だ。

随分と堪えたようで、かつてないほど静かになっている。この先も消沈したままとも思えないが、また同じことがあったらたまらない。少し考えて……


「大きな声では言いたくないんですが」

「どうしてだい?」

「私が言うと、ルシファーが暴れ出しそうだから」


そう言ってから忍は、じゃあと招かれるままにアスタロトの元へ行き、何やら耳打ちをする。


「……」


驚き、というほどのリアクションではないが、一瞬アスタロトは目を見開く。それでも珍しいリアクションだったろう。それから、もう少し話を聞いて、口元にいつもの笑みを、どこか楽しそうに浮かべた。


「それはいいアイデアだね。採用」

「いや、アスタロトさん、忍、何言ったんです? 採用って人間としての反応とか言う問題じゃないですよね?」

「すぐにわかるよ」


そう言ってアスタロトは一度離れていた、腰を落としたままのルシファーに歩み寄り片膝をついてささやくように声をかけた。


「ルシファー。今日は彼女に免じて何もなかったことにしてあげるよ」


いつものルシファーなら、その言葉に眉を吊り上げただろう。しかし、それもない。それどころか表情もまだ、伺えない。

相も変わらず静かな声。優しい声でアスタロトは告げた。


「その代わり、条件だ。もうわかっていると思うけど拒否権はない」

「……」


他者の息をのむ音がしそうなくらい、静まり返っていた。


「七つの大罪、今後は他の六人について君が取り仕切り、すべての行動において責任を取ること」

「……!!」


はじめて弾かれたように、顔を上げるルシファー。他の七罪もぎょっとしたように、あるいはあっけにとられたように一瞬表情を変えたが……


「何それ! 序列付け!?」

「閣下、横暴! ルシファーに管理されるとかねぇよ!」

「俺だって終末の獣が原点だってのに、誰かにマウントされるとか!」

「魔界社会は食うか食われるかだ。下剋上したいならやってみればいい」


……………………。


いつもの笑顔に全員沈黙。


「なぜそんな処置を……寛大な心遣い……と受け取るべきなのか」


蚊の鳴くような声で、ルシファーがようやく言葉を紡ぐ。口々に反対の声を上げる面々に、着いていた膝の汚れを払って顔を向けたアスタロト。声をかけたのはダンタリオンだった。


「上流社会じゃよくあることだな。特にこいつは気まぐれだから、そこは感謝しとけよ」

「気まぐれ放蕩悪魔の君に言われたくない」

「放蕩してたのお前。人間界に行ったままだったのお前」

「放蕩はしていない」


二度言われたので、ダンタリオンも黙る。三度目はないフラグだ。


「それより食堂がめちゃくちゃになった。……早速で悪いけど全員で直しておいて」

「えーーー!!!!」

「連帯責任」


責任を負わされるべきルシファーが仕切らなければならないという、なんという矛盾。

忍たちは食事を別室で、と連れられその場を離れる。


「ここから仕切りは『傲慢』か。問題起こしたやつがまず片付けとか、あれも罰なのか?」

「君は呼んでないんだけど、どこかで食べてたんじゃないの?」

「あのな。ツカサはともかく問題児の暴れっぷりから秋葉とシノブを庇ってやったんだぞ。礼くらい言え」

「ありがとうございます、公爵」

「……お前じゃなくて」


今更感たっぷりだが、礼を述べておく。食堂を出ると何事もないかのようにネビロスが控えていて、個室に食事が用意がされていた。仕事が早い。


「とりあえず、片付けは罰ではないよ。自分で散らかしたんだから、自分で片付けるのは当然だろう?」

「そこじゃない。あいつだから全然平気そうだけど、ふつうは自分で散らかしたもん他のやつに片付けさせるとか頭下げるレベル」


ダンタリオンは日本滞在歴がそれなりに長くなっているので、人間界の価値観も大分浸透している。


「しかし、他の六人を管理させるというのは妙案だね」


全く相手をせずにアスタロト。ようやく夕食の食卓に着く。


「プライドの高い彼の面子も保ちつつ、ボクの労力が減る」

「評価すべきはそこか」

「そこだよ。本当に問題児ばかりだからね。知識だけあっても実体験に欠けるようだ」


手のかかる子犬が七匹もいたらそれは大変であろう。なんとなく、猫よりも手がかかりそうな子犬が勝手し放題な様が目に浮かぶ。


「お前にしつけられたらどうなるか……同情する」


食事はまだしていなかったのかダンタリオンはそうため息をついて、追加で運ばれてきた料理に手を付け始めた。

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