16.カジノへGO

「俺も! 俺も行きたい!!です!」


突然現れたマモン。テンションMAXな感じで、一度も聞いたことがない敬語を使っている。ダンタリオン相手に。


「マモン、君は出入り禁止にしているはずだよ」

「……出禁て。何したんですか」

「調子に乗って散財するからまず資産管理をしろという問題」


さすが強欲。しかし、妙になつかれてしまったようなダンタリオンは、悪い気はしないのか笑いながら擁護に入りそうな雰囲気だ。


「何だ、お前ゲーム弱いのか?」

「弱くない。ちょっと運が悪かっただけで。ぜひ! ダンタリオン公爵と一緒に行きたいです!」

「……」


なんか、似た者同士というか。何がどう似ているのか全く分からないのだけれど、残りの4人は静観に走っている。


「よし、せっかくの交流事業だしな。悪魔のオレが連れていく分には問題ないだろ?」

「いいけど。管理はしっかりしてくれないと困る」

「お前が困る? どーすっかなー マモン、オレが今日は軍資金提供してやろうか」

「マジですか!!?」


ものすごい勢いで金に釣られている。アスタロトは困ると言いつつ全く表情を崩していないわけだが、今日の資金はダンタリオンのポケットマネーから出るようだ。


「公爵サイコー! 俺が会った悪魔の中で気前も最強!」

「ふふん、大したことないだろ。カジノなんて大人のたしなみ。遊びだからな」


土産待ってろよー

ダンタリオンはそう言い残し、マモンを連れて去っていった。


「……朝食は?」

「ていうか、朝っぱらからカジノとか」

「魔界は朝も夜も明確な区分がないからね」


いいんですか? と聞くとちょっと考えてアスタロト。


「んー気が変わった。三人とも、服用意するから着替えて」

「え」

「ドレスコードあるっていったろう? 日本のギャンブルのイメージは大衆的だけど……そうだね、人間世界で言うならベガスのイメージに近い」

「ベガスってラスベガス?」


そう、と通路を引き返しながらアスタロトは、続ける。


「本来は、ダンタリオンの言う通り上流階級の社交場のようなもの。豪華客船なんかにもよくあるだろう?」

「すみません、どっちも足を踏み入れたことがないです」

「私、ベガスは一度だけ行ったよ」


とここで、驚きの発言。忍は基本、英語にトラウマがあるのでアメリカなんて別に行きたくない。遠いし、都市歩きは東京で十分。むしろ探索に100年かかるくらいの感覚なので、そもそもアメリカ本土に旅行経験があることが驚きだと、秋葉は目を丸くしている。


「いつ!?」

「学生の時、サークルの人に誘われて」

「お前サークル入ってたっけ」

「サークルには入ってない。割り勘コストを減らしたい主催者たちが声をかけてきた」


そういうことかとそこは納得している秋葉。結局サークルというより「有志」みたいな感じだったのだろう。と司は思う。


「そういえば、土産に狼のブックマークをもらった」

「治安がいいから、一人でも歩けるんだ。モールふらついてて買ったの」

「ていうかお前がなんでアメリカ?」

「グランドキャニオンの方が目当てだったし、もう一生いかないだろうなと思ったから」

「あそこは特別な自治都市のようなものだからね。通常のアメリカ旅行とは切り離して考えた方がいい。街全体がエンターテイメント」


アスタロトさん、なんでそんなことに詳しいんですか。

お決まりの疑問はみんな揃って脳内でスルーすることにする。


「カジノだらけ、ってイメージあるけど」

「通り沿いのホテルは大体、ショーやってるし街歩くだけで楽しかったよ。で、宿泊先のホテルの中にもカジノがあって、そこはドレスコードが存在してた」

「……確かに、ベガスとか貧相な格好のやつが出入りするようなイメージないな。お前、ドレスとか買ったの?」

「ドレスというか、まぁボレロは買った。それ一度しか着てない」


だろうな、と秋葉と司が完全同意。アスタロトはちょっと興味ありそうにそれを聞いている。ホテル以外のカジノはカジュアルでも良かったと思うが、それなりのホテルに出入りさせるからには、格式的な意味でもドレスコードを設けていたんだろう。


「ボレロか、優雅なイメージだよね。男性のドレスコードは地味な方がフォーマルだけど、女性は色々だし」

「それ、人間界の話ですよね。魔界の男性のドレスコードってどんなもんですか。ダンタリオン見てると歴史感が全く分からないんですけど」


ダンタリオンの服装は、どちらかというと中世ヨーロッパの貴族を地で言っている感じだ。赤と黒のコート、金の装飾。

一方でアスタロトは大体シンプルに白いYシャツに黒いコートを羽織っている現代として違和感がない服装なので、ますます「正装」というのがわからない。


「どういうのがいい?」


逆に聞かれた。


「ダンタリオンみたいじゃない、ふつうので」

「秋葉、魔界で普通とか言っちゃっていいの? すでに価値基準が違うと思うんだけど」

「ふつうに、日本で通用するっぽいのにしてください」


指摘してもふつうという言葉が抜けない、ふつうに埋没していたい秋葉。


「俺も借りられるなら、違和感のない服でお願いしま……」

「司くんて、魔界の貴族というか騎士とかなんかそっち系も合いそうで困るよね」

「ボクは困らないけど」

「ふつうに、日本で通用するもので」


同じことを言った。中世ファンタジーテイストな服が出てきても困ることに気付いたのだろう。ここは異界だからして、自分たちの知っている違和感という言葉自体がもう無意味だ。


「わかってるよ。忍は?」

「ふつうにふつうなの」

「お前が一番、分かりづらいよ!」

「ドレスコードなんて女性は昔から大して変わってないでしょう。アスタロトさんならちゃんと嫌がらないの用意してくれるって信じてる!」

「……忍、それずるい言い方」


嫌がらせをするヒトではないので、そう言っておけばまず安心だ。

そして一時間後……部屋に届けられた服を着て、集合。


「アスタロトさん、せめてボレロを」

「今日は空が透明な群青だから、ナイトドレスもいい感じだよ。忍は細いからシルエットが出てもきれいだし、でもそれを嫌がると思ったから、シースルーロングのカーディガンも用意させたんだ。レース模様が上品だし、足元から揺れる感じも優雅だろう?」

「……」


反論の余地がない。というか、反論させない無言の圧力を感じる。いや、圧力さえかけずにこの空気。


さすがだ。


普段ドレスどころか露出度高い服もスカートすらも縁遠い忍もさすがにただ沈黙あるのみだった。

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