15.ベルフェゴールの人間嫌い
「うるさいな……安眠したいのはこっちなのに」
「あぁ、ここは君のお気に入りの場所でもあったね。今の時期はうたたねするのに気持ちいいだろう?」
身を起こしたのはベルフェゴールだ。食後の一休みをしていたらしく、欠伸を噛み殺しながら立ち上がると、こちらを一瞥してそのまま去っていった。
「教育がなってないぞ。挨拶くらいさせろ」
「オレたちがいたからじゃないの? ホントに人間嫌いなんだな」
なんで? という秋葉。体内時計を調整するためにも各々そこで少し休むことにする。
「さぁ? ボクもこれほど一緒に時間を過ごすのは初めてだし」
「お前、部下に任せっきりか。そんなので大丈夫なのかよ」
「だから仕上げに来たんだろう? 能力だとかは把握済だけど、性格……こと、人間に対しては彼らにとっても未知だからね」
アスモデウスはいくらか知っているような感じはしたが、あれは「色欲」あるいは「好色」故の性質からだろう。
「ベルフェゴールが人間嫌いな理由……わたしには一つしか思い当たらない……」
「え、お前何か知ってるの?」
「知っているというほどではないのだけれど」
それは、人間界に伝わるベルフェゴールの姿。
なぜか、洋式の便座に常時座っている。
「………………………………それ、オレでも嫌いになるわ」
「そもそもどうしてその発想なのかがわからない」
教えてみたら、秋葉と司は本気でベルフェゴールに同情し始めたようだ。
「そうだよね、いじめの域超えてるでしょ。大体、なんで洋式なの? そもそも聖地とかって中東じゃなかったっけ。中東のトイレって洋式?」
「行ったことないから知らない」
そもそも椅子ではなく便座に座る謎について。
「それは人間の勝手な想像だろうが。本当に意味は不明だが、オリジナルの閣下の前でそんな話すんなよ」
「しないです。失礼すぎます」
「同じ人間にも失礼だと言わしめる想像力はもはや神だね」
アスタロトが皮肉ってかそういうが、皮肉にも何もならない。むしろ紙が必要な事態でしかない。
「オリジナルのベルフェゴールもベルゼビュート……つまりベルゼブブも、魔界に堕ちる前は旧い神だった。どちらもその名に『バアル』を冠していたという共通項はある」
「……それって結構有名な神様じゃ?」
「どちらかというとベルゼブブの方が有名みたいだけどね」
同じ名を冠していた、ということは……ルーツが同じか、その名前自体が何か特定のものを示すか、という感じだろう。
ベルゼブブは蠅の王と揶揄される。……あまり考えなくてもトイレに繋がるイメージはあるわけで。
そっとしておこう。
「せっかく清々しい場所に連れてきてもらったのに、なんて話題になったんだろう」
「お前の雑学ボックスがオープンされたからだろ」
「違う。どうせなら昔の人も今の七人くらいふつうっぽく想像してくれればよかったんだ」
「そう考えるとルシファーやサタンが『悪魔王』のイメージでなくて良かったな」
司の中のそれがどんなイメージなのかわからないが、たぶん、一人では勝てない系の何かだろう。挑むなら四人ぐらいで役割分担して、まず弱い配下から倒していく感じで。
「お前ら、あいつらのあの姿が本性だと思ってんの?」
ふいにダンタリオンが言った。
「………………」
重なる沈黙。
「あの人間のままの姿が人間の想像した七つの大罪?」
「今ので逆に、現代の人間が想像した悪魔だから、多分あの姿に角とか羽とかあるだけだろうなとか思ったり」
「なんでわかるんだよ」
最初の一言でやめておけば、え、何?みたいになったのに次の一言で「多分そんな感じだよね」に変貌してしまう不思議。
「人間が感情をむき出しにしたときに顔が変わるのと同じようなものだよ。あの姿でいる内はそれほど危険はないと思うけど、もし本性を見せるようなことがあったらすぐ離れた方がいいかもね」
「アスタロトさん、見たことあるんですか?」
「ない。報告書内だけで」
アスタロト相手に本性見せるとかどんな場合なのかと思うが想像はつかない。しいて言えば実技試験的な何かはあるのかもしれない。そんな時か。
「さ、次。結構癒し系のところだから気に入ると思うよ」
日向から再び、広い通路に入りさほど遠くない場所に案内される。
そこは、水族館だった。
「……なにお前、アクアリウムとか作ってんの?」
「きれいだろう? レイアウトも照明も手抜かりはないよ」
「癒しの空間だ。平日どころか閉館日の水族館の大水槽」
「オレ水族館なんてもう何年も行ってないし。そんなに混むの?」
「土日はお子様勢で見られないからやめておいた方がいい」
という会話が交わされてしまうほど、見事な壁面水槽。水族館というか、青の世界という方が正しそうだ。
そこは広いワンフロアで、ソファやカウンターバーのようなものもあり、フロア側の照明は控えめになっていて、静かで落ち着くめちゃくちゃ贅沢な空間。
「魔界の魚なんですか? 見たことあるのいますけど」
「そこは気に入ったものだけ集めているから地上産だよ。気性的にも扱いやすいし」
「……魔界産の魚って」
「見た目、あまり癒し系じゃない方が多いかもね」
牙があったり、同居する魚をエサにしたりみたいな感じだろうか。飼育係が餌になるかもしれない。
輸出はしないのに輸入はしているとは、アスタロト相手なので誰もつっこまない。
次元的に上位世界から下位世界への持ち込み禁止なのは、考えてみればまぁわかる。
過ぎたる力はなんとやら、だ。
「普通に城内を歩くだけでも楽しそうなのに……なんて至れり尽くせりな……」
「その至れり尽くせりな城にほとんど帰らないところをつっこんでやれ」
「君だって別荘くらい常に快適に過ごせるようにしておくだろうに」
「だから別荘じゃなくてお前の本宅はこっちだって話だよ」
どっちも快適にしておくという意味では、合っている。
「魔界の海とかあるんですか」
「遠出はまだもう少し経ったらね」
「忍、なんか危なそうだからあんまり遠くに興味を示さないでくれ」
まずは周辺地図からチェックをしたい。さすがに観光情報誌はないだろうが、そこは司と見解が一致しているので、あとで地図を借りて眺めることにする。
「アスタロトんとこは、カジノもあるんだよな。オレは今日行ってくる」
「カジノ!? 魔界にカジノ!?」
「どういうイメージかは知らないけど、ドレスコードあるからね。君たちはあとで」
いや、行きたいとは言ってないですけど。城の眼下には整った街並み割と遠くまで広がっている。まだそこまで目が届かないのでいきなりの大物物件に驚いただけだ。
そして、その部屋を出る。ダンタリオンはにやにやしながら続けている。
「後でも何もお子様はやめといた方がいいだろー? 取って食われるぞ」
「公爵!! カジノ行くんですか!?」
廊下に出たところで突然、声をかけてきたのはマモンだった。
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