14.日の当たる場所

魔界滞在二日目。

まだ二日目。


昨日は異様に濃い一日を過ごしてしまったような気がする。そういえばダンタリオンは今朝も姿を見せなかったがどうしているのだろうか。

そんなことを思っていると。


「お前ら早いな。もう食事済ませたのか?」


当の本人が現れた。


「公爵、おはようございます」

「早いって言うか、昨日からみんなで食事してるのにお前来ないの?」

「あの七人と一緒は空気が微妙そうだから、パスだな」


ダンタリオンは、知識と心理学に長けた悪魔だ。人間の情報化社会にはうってつけで大使としてどっぷり日本に適応していたわけだが、ここでも微妙な空気は読んだらしい。


「うん、それが正解かもな」

「朝から浮かない顔してんなー」

「楽しくないわけではないけど、ちょっと二度寝したい気分です」


魔界の朝は、少し暗い。

空はある。夜という感じではなく、薄暮のような、日暮れ後の淡い藍色のグラデーションのような、光色をはらんだ不思議な空色だ。太陽がないだけ、といえばいいのだろうか。


「魔界って太陽ないのな。なんか不思議な感じだわ」

「体内時計が狂いそうなんだが」


これはこれで珍しくてきれいなのだが、後々不調が出そうな丸一日を通しての「明るさ」にぽろりと本音が出ている司。

人間の体内時計はなぜか25時間。この1時間のずれをリセットするのが朝日なので、人間はそれがないとどんどんずれていくという不思議生き物だ。


「照明はきちんとあるだろ? ろうそくみたいなクラシカルな感じだと思ってたんじゃねーの?」

「あー、そう言われれば。逆に違和感なくて気づかなかった……!」


城内は薄暗くない。オフィスのように味気ない円筒LEDなんてものはなく、シャンデリアだとか各所に配置されたランプだとかがおしゃれすぎて、光が灯っていても何も違和感は感じなかった。

逆にろうそくだったら、暗くて雰囲気いまいちですぐ帰りたくなったかもしれない。


「体内時計は時間見ながら自分で調整しろよ。朝の散歩とかしてみてないのか?」

「うん、なんかな、昨日忍のところに二人立て続けに色々来たらしくて」


色々というには二人なのだが、意味としては合っているのでそのまま続ける。


「私も散歩とかうろうろしてみたいです。でもなんか色々ありすぎてまだ落ち着かないって言うか」

「オレが案内してやろうか」

「いつになく親切ですね」

「警戒しなくてもいいぞツカサ」

「別にしてません」


にこにこと珍しいくらい上機嫌に笑いながらダンタリオン。久々の魔界で何かいいことがあったのだろうか。


「でも朝食は?」

「オレ、遅めだから散歩してからでいいわ」


有難くつきあってもらう。こういう時は、知っているヒトがいると心強いとダンタリオンに対して忍は




初めて思った




「……シノブ、何か言いたそうだな」

「いえ、公爵はアスタロトさんのところは良く知ってるんですか?」

「知らないからお前たちを理由に、あちこち見てみようという魂胆だ」


魂胆ダダ洩れですよ。案内できねーだろ!等の三人それぞれのつっこみはこの際おいておく。


「大体、この城にいる悪魔には通達かかってるからな。オレがいれば親切に通してくれるぞー?」

「君だけ行動制限かけておこうか。ゲストは普通、あちこち覗かないからね」

「……アスタロトさん」


気配もなく背後に現れた城主に、一瞬にして笑みを浮かべたまま固まっているダンタリオン。さりげなく会話に笑顔で加わっているアスタロトは肩に羽織った黒いコートの裾を軽く揺らしながら、ダンタリオンの横を抜けて前に出てから、振り返った。


「来ないのかい?」

「あ、行きます」


案内してくれるようだ。


「昨日案内したのはプラネタリウムとライブラリー……夜の時間をつぶせるようにと思ったんだけど、さすがに初日はそれどころじゃなかったようだね」

「そうですね、いろんな意味で驚きました」

「でも今日は朝からだし、時間あるかな?」


ダンタリオンも一緒に歩く。散歩と言っても外に出なくても広大な城内の案内で十分歩けそうだ。


「人間は朝日浴びないとどんどん狂ってくから調整できるとこ案内してやれよ」

「公爵、その言い方」

「言われなくても。そのつもりだよ」


そして辿り着いたのが、吹き抜けの広いホールだった。その真ん中にはひときわ大きな樹木が伸び伸びと枝葉を伸ばしている。


「明るーい」

「魔法で疑似的な陽光を取り入れるように設計されている。昼間も日に当たりたかったらここにくるといいよ」

「そういえば魔界の明かりって、みんな魔法なんですか?」

「どちらかというとそういう存在に近いんだけど、魔界には魔界の資源があるから、それが利用されてるね」

「人間界と違ってそのものを消費するタイプは貴族階級は使わないから、半永久的に使えるやつな」

「何それ便利」


人間界と行き来が出来るようになっても、さすがに資源の持ち出しは行わない方針だという。著しくバランスが崩れるというのもあるようだがそもそもが「異世界」だ。文字通り次元も違う。


「季節感よくわからないけど、なんか新緑っぽい」

「魔界にも季節はあるよ。大体地上と連動してるけど、地域差はあるね」

「魔界の構図がよくわからないんですが」

「珍しいな、ツカサ。興味あるのか?」


こういうことは、忍はまっさきに色々知りたがるが、司は必要なものを、という感じだ。世界地図という名の位置図くらいは頭にないとなんとなく不安、みたいな感覚なのかもしれない。


「興味というか、全く知らない場所というのは……いや、知らない世界、なんですが」

「一晩経って、朝起きて外見てちょっと実感したって話してたんですよ」

「私も混ぜて」


忍は一人だけ違う部屋だったので、その会話は初耳だ。特に混ざりたがりではないが今の段階で、意見交換というのはものすごく重要な気がする。お互いにとって。


「三人一緒の部屋がいいのか?」

「なんとなくオレが困るからやめて」

「俺は困らない前提なのか? 秋葉」


え。とダンタリオンに言っておいて司に声をかけられ振り返る秋葉。

……。

沈黙。よくわからないらしい。


「私は困ら……困るかな。やっぱり。毎晩寝る時間同じとは限らないし」

「困るとこそこなの?」

「私は安眠したい」

「そういえば昨日、夜這いかけられたんだってな」


どこから聞いた。ダンタリオンがにやにやとそういって、眉をひそめた忍を見ている。情報源はアスタロトではないだろう。厄介な情報網を何かもう持っているのだろうか。沈黙に徹する。


すると木陰から声が聞こえた。

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