26.激甚災害予報

ガシャンと食器が揺れる音。周りは戦々恐々とする。グラスが振動で倒れないかと。

アスタロトだけが、事情を知らないせいかあるいは知っていても変わらないと思われるが、顔色を変えない。


「ボクが課題だと言ったら課題なんだよ。どんな意味があるにせよね」

「……失礼させてもらう!」


アスタロトは食事も概ね終わったその席で、背もたれに背を預け、鷹揚に自らの片腕の上に頬杖をついて笑みを浮かべている。その姿に、腹に据えかねたように踵を返すルシファー。その羽織のすそが。


「「「「あ」」」」


重なる何人かの声。同時に派手に倒れるワイングラスの音。

奇しくもルシファーの席は七罪の上座。つまりは端だ。

勢いよく踵を返しただけあって、翻った裾を接触したそれはけっこうな勢いでテーブルから放物線を描いて……


「だーーー!」

「ないないないない!」


ほとんど全員が立ち上がって同時にものすごい勢いでそれに飛びつく。

液体をまき散らし転げ落ちるはずのそれは、数人の手によりキャッチされた。


いくらかはこぼれたが、床が少し汚れただけ程度で済み、ほっと、安堵する空気。


「……」

「ルシファーてめえ! オレたちの今日の苦労を激甚災害にする気か!」

「そうだよ! ここで被災したらもう終わりだよ! ぼく、これ以上無理だから!」

「今日一番の災害警戒レベルの高さだったな」

「みんなしてマイブームみたいにその言葉使わなくていいから。とりあえず、ナイスキャッチ」


口々に責め立てられて、さすがに失礼するにできなくなったルシファー。あやうく全ての責任を取って夜なべする羽目になるところだった。傲慢のルシファー様が。


飲み物を口にして、落ち着いた忍が元通りのフラットさでグッジョブな悪魔たちを見やっている。


「あぁ激甚災害ってそういうこと。確かにもう10時間近く経っているからね。さぞ苦労したようだ」


しましたとも。

忍は少し冷めたスープを黙って口に運んだ。


「三人はよくここまで全員繋いでおけたね。ある意味驚いたけど、あとでお礼するから何がいいかそれぞれ教えてくれる?」

「お礼とか……確かにあると嬉しいくらい大変でしたけど」


と、これは秋葉。とくに欲しいものが思い浮かばず、むしろこの異郷の地で何を得られるのかもわからずそういうしかない。


「一日フリーの静かな休日をお願いします」


躊躇なくそう選んだのは司。


「城内の普段入れなそうなスポットを案内してほしいです」


安定の忍。


「お前らもっと物とか金とか何かないわけ? なんでもいいっていうなら人間界じゃ大富豪にもなれるだろ」

「あー駄目駄目。こいつらそういう発想ないからな。日本は物資が豊かだから敢えて一番欲しいものっていうのが意外と難しいんだ」


と、これは今日は一緒に食事をしていたダンタリオン。

物資が豊かだから金があれば大抵の欲しいものは手に入るという考え方もありますけどね? 魔界体験はプライスレスだ。


「じゃあ司と忍はそれで。秋葉も何か考えておいていいよ」


そして。

立ち尽くしたままのルシファーは、その場所から動くこともなく、話だけが進んでいった。

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