25.和やかな夕食
「お前、オレに鶴作れって?」
「作り方知ってるよな? 教える必要ないよな?」
「公爵のいいとこ、見てみたい~」
「男に言われても嬉しくないんだよっ!」
アスモデウスが乗せようとしたが慣れの問題か性別の問題か、アスモデウス自身の問題か、乗らなかった。
「公爵のいいとこ、見てみたい~」
「シノブ、復唱するだけ、って感じになってるぞ。気持ちがこもってない」
「公爵が鶴折ってるとこ、見てみたい」
「それ、お前の素直な好奇心な」
仕方ないとばかりに席に着くダンタリオン。
秋葉と忍は床を作業場所としているため、椅子は余っている。
「よし、まずは息抜きに連鶴でも作ってやるか」
「それな、もう大分前に忍がやった。作業前から息抜きとかない。あと少しなんだ、夕食に突入する前に早く終わらせたいんだ」
「なんでそんなに急いでるんだよ」
「夕食に突入したら嫌な予感しかしないんだよ。水害の第二陣が来そうで!」
今そんなものが来たら、激甚災害に指定するレベルだ。
もう一目で千羽鶴とわかるくらいの束が出来てきている。
「いいじゃない。第二陣が起こされたら起こしたヒトが全ての責任を負って徹夜をすればいい」
「……ただの罰ゲームにしか聞こえないぞシノブ」
「そうだ、それがいい。そうしよう。……とりあえず、頑張っても夕食には間に合わないと思うから誰を生贄にしようか?」
さすがの忍も朝からぶっ通しの作業に限界が来ている模様。体力気力ではない別の何かの限界だ。
「それってまさか俺たちの誰かに水害を起こさせる……?」
「無理だろ。人間にそんな力ねーよ」
「マモンが狙いやすそうだけど、作業効率よくなさそうだからルシファーとかレヴィがいいと思うんだ」
「何を予告している」
「というかなんで僕!?」
良識的なサタンは外した。その意図たるや。
「サタンはよくしてくれる。ルシファーとレヴィは意図的に、私たちと馴染もうとしないから今日働いた分を返してもらったらいいかなって」
「忍、冷静になれ。それをやったところで全く何も返ってこないぞ。発散したい気持ちはわかるが」
「じゃあ司くん、見えないくらいの速さでグラス倒してよ。誰のでもいいから」
「………………煽らないでくれるか。本当にやってしまいそうだ」
司も割と違う意味で限界に来ている。これはただの作業ではない。ただでさえ慣れていない魔界で仲良くもない悪魔七人の面倒を見ながらの苦行。同一行程の繰り返しでゲシュタルト崩壊も起こしそうだ。
しかし、これを必要としているのはアスタロトであるという事実を思い出すと下手なことはできない。
「やめてくれない? 君らホントに何かしそうで怖い」
ベルフェゴールが初めて自発的に口を開いた。口調は平坦だが、言っていることはもっともなのか同意の表情をしている他の六人。
すっかり人間のペースだ。
「ぼくも真面目にやるよ。そうすれば夕食後くらいには終わるだろ?」
「いままで真面目にやってなかったのかよ! いくら怠惰でも限度ってもんがあるだろが!」
「マモンに言われたくないよね」
「うん、そうだね」
意気投合しているような会話に聞こえる。休憩を取らずに作業をし続けていた余波が来たものの、手は動き続けている。
もうすぐ完成だ。
「ダンタリオン、君まで手伝ってくれてるんだ?」
「手伝わされてんだよ。逃げたら夕食時に激甚災害の震源地にされそうで怖いんだよ」
「……意味が分からないんだけど」
ダンタリオンが狙われたらそれこそ付き合いが長い彼らの容赦はないだろう。徹夜で鶴を折る羽目になる。魔界の公爵が夜なべ仕事とか笑える事態にしかならない。
「お前が必要なものなんだろ! なんでお前が作らないんだよ!」
「はい、千羽目」
そろそろ終わりそうと見越していたのかアスタロトは妙に小ぎれいに折られた小さな鶴をテーブルの上に置いた。
「共同作業ではなく、課題だと言ったんだけどね。結局一日中、仲良く作業してたのか」
「ぼくたちだけじゃ端から終わらないよ。どういう課題なのこれ」
ベルフェゴールがそうため息をつく頃……再びテーブルは夕食にとって代わられた。
食前酒、ワイン、ノンアルコール。
様々な趣向の様々な飲み物が並ぶ。好みは見事にバラバラだ、が。
「……どうして誰もグラスに手を付けないんだい?」
「何かが起こりそうで」
「むしろ、なんでそんなに気を使うなら食事なんてしてるんだ? 先に片付けた方がよかったんじゃ」
後の祭りである。
何事もなければ問題ないが、妙な緊張感が漂っている。鶴は段ボールに入れられ、食卓とは離れた上座……つまりはアスタロトが座る奥側の壁際に置いてあるが……
「何かが起きる、と思いながら何かをすると大体起こってしまうという法則が人間界にはあり」
「ここは魔界だからな。ないぞ、たぶん」
「食べて落ち着こう」
すでに大分目の前の食事が空になる感じだが、ベルゼブブが言った。
しかし、今日の夕食は少し賑やかだ。作業で一日中一緒、いろいろあったこともあって七罪のメンバーもいつもより自然な感じで会話が増えている。
「忍たちは大変だったろうけど、なんだかんだ言ってみんな楽しそうだね」
「えー? ないよ。ただの苦行だよ。山にこもってストイックに何かし続けるアレな感じ」
「レヴィ、なんでそんなこと知ってんだ。アレって何」
そんなかつてない和やかな会話で食事も終わるころ。ただ一人、黙々と食事をしていたはずのルシファーが
「これが課題? 馬鹿げている」
思い切りテーブルをたたいて立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます