19.プロ・ギャンブラー
「想像って言うかもう妄想の域だよ」
「そうだね、日常単語を擬人化とか。せめて生き物とか元素記号を擬人化してほしいよね」
「……待って。元素記号擬人化してどうなんの? むしろそっちの方が意味わからない」
言っていて気が付いた。大罪、ではなく語源は「罪源」。だとしたら、お金がもとでトラブルに発展するケースもなくはないから、それは「罪源」に認定されてもおかしくなかったんだろう。
しかし、善悪もない名詞を悪魔にするセンスはすごい。
「元素記号の擬人化……楽しそうじゃない?」
「全然その感覚が分からない」
「学生の時にそんなネタあったら、元素記号表余裕で暗記できてたよ」
その言葉に、秋葉は無駄に納得したようだった。年代もよく語呂で暗記するが、くだらないものほど暗記しやすいのが人間というものである。
「水素は最小原子だから、きっと背は小さくて壁抜けとかの能力を持っている」
「なんで壁抜けだよ」
「一時期はやった水素水。あれね、技術者に言わせると充填したて以外は意味ないらしいよ。なぜなら、原子が小さすぎてどんな入れ物に入れても抜けてしまうから」
「……炭酸がものすごい勢いで抜けてくようなもんか」
「忍の元素記号擬人化計画はあとでひまな時にやってくれ。アスタロトさんがまたいなくなった」
飲み物片手に雑談していると、司がいつのまにやら姿を消しているアスタロトに気づいてなんとなく一抹の不安を覚えている様子。
「また、ってボクは迷子じゃないから心配ないよ」
「すみません、心配なのは俺たちの方なので」
すぐ現れたアスタロトは、
「忍、ちょっと協力して」
と、どうも今調達してきたらしいウィッグを無造作に忍の頭にかぶせた。ウェーブのかかったロングのウィッグ。突然のことに何事かと固まっている間に、アスタロトはそれを整えている。
「……オレの知らない女の人が」
「ウェーブかかると途端に華やかになるよね。忍は髪型で割と印象が変わるからおもしろい」
「おもしろがるために用意したんですかこれ」
一応聞くと、まさか。と笑顔で何事か耳打ちされる。そして、用意周到というべきか丁寧な仕草で片耳にイヤリングをつけてくれた。そちら側だけ耳を出すようにして、髪を耳にかけるとまた印象が変わる。
「すみません、誰ですか?」
「用が済んだら秋葉の頭にこのウィッグを乗せてあげる」
「ウソウソ、悪かったよ!」
本当にやられそうなので、半ば本気の感想を口にした秋葉は勢いつけてそれを撤回している。アスタロトは三人の持ったグラスが空になるまで待って、再び移動する。
「秋葉と司はその辺で遊んでる? チップ、用意するけど」
「遊び方よくわからないからなんかスロットくらいしかできそうもないです」
「何かが起こりそうな予感しかしないので、一緒に行きます」
司の的確な判断力と言ったらない。結局四人で向かった先はブラックジャックのテーブルだった。
またそこにダンタリオンとマモンがいる。
確かに、何かが起こりそうな予感しかしない。
ダンタリオンは心理系、つまりはメンタリストの悪魔でもある。
日本では全く活躍したのか謎の能力が、この魔界の、しかもカジノという特殊な環境下においてすさまじい力を発揮していた。
「向こうのプレイヤーはあと一枚でバーストしそうだな。追加しておけ」
「了解」
巧みに相手の表情や仕草、場の空気を読み込んで、的確に指示を出している。
ブラックジャックのテーブルもまた、ディーラーが一人とプレイヤーが数名という構成でゲームが進んでいた。
「あいつ、実はすごいんだな」
「なんで日本であれが出ないかな。カジノで活躍されても仕方ないけど」
「ギャンブルもある意味心理戦だからね。ダンタリオンが遊ぶ程度ならいいけど、マモンが甘やかされた上で場を荒らすのは好ましくない」
そういって、再び姿を消すアスタロト。忍はプレイヤーの席に向かう。
「って、ひょっとしてあそこに着く?」
「うん。指示は出るみたいだから、これ」
そう言って忍が指さしたのは先ほどのイヤリングだ。どうやら通信機能を持っているらしい。
「ウィッグとかアナログなのは、やっぱり幻術なんかだと逆にバレるからだろうね。っていうか私、同じテーブルについてバレないんだろうか」
「バレないだろ。オレでもわからんわ」
服装、薄くではあるがマナーとしての化粧、そしてロングウィッグ。
いつもの忍のイメージから逸脱しすぎている。自分でも違和感がありすぎて現実感はもう遠のいた。
「じゃ、行ってくる」
ウィッグをわざわざつけさせたということは、正体は知られたくないからで。秋葉と司もダンタリオンたちからは見えないところに移動する。
忍は黙って、席に着いた。
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