35.反逆(1)
朝から。妙な空気は漂っていた。和やかな食卓に至るにはまだ遠い。むしろそんな日が来るのか、謎だ。
七つの大罪、七人の悪魔たちはマイペースで相変わらず「お前ら嫌い」組と「もう居ても気にしません」みたいな感じに分かれている。
「遅いよ。誰? 夕食はみんな揃ってから食べようとか言ったの」
「家族みたいで和むね。ひょっとしてアスタロトさん?」
食堂に入るなり斜に構えたレヴィアタンの一言。しかし、当たっていたらしく、黙す。当のアスタロトの姿はまだない。
「時間まだあるじゃないか。それに時間になったら食べてていいっていうのも言われてなかった?」
「うるさいよ。なんで僕らが人間なんかと食事しなきゃならないのさ」
意外なことに秋葉が話を継ぐと更に邪険にされる。された秋葉はと言えばもう「あー、またか」みたいな顔になっている。はじめの怯えっぷりが嘘のようだ。本人に自覚はないが、けっこうな適応力である。
「それもアスタロトさんが言ったからでしょ?」
「………………………………」
どうもその名前を出すと、それ以上のことが言えなくなるようだ。事実云々以上の何かを感じる。
「その名前を出すな。鬱陶しい」
「……ルシファーはなんでご機嫌斜めなの」
「いつもじゃない? 少しは笑って見せればいいのにねー」
と真逆の空気感でアスモデウス。少しは空気を読むということを学んだ方が良さそうだが、今日はアスモデウスの発言に乗ってみることにする。
「無理やり笑えとは言わない。でもいつも眉間にしわが寄っている」
「あぁ、こいつこんなでも真面目だからな。固っ苦しいの方が合ってるかもだけど」
「マモン、黙れ」
マモンも大分こなれれてきた気がする。そもそも人間も悪魔もあまり境界を引いていないようなところはあったから、何度か話したり一緒に行動したのが良かったのだろう。
初めからみんな仲良く!なんて性急すぎて無理な話だ。
「そんなに眉間にしわ寄せてるといつか眉間の方がしわで埋没するよ」
「妖怪かよ」
その発言に各々想像したように、ぶっと無言ながら吹き出す数名。とんでもなく珍しいことに無表情だったベルフェゴールも食前に手にしていた飲み物を吹き出しかけたようだ。
「貴様っ」
「忍、本当にやめてくれ。物怖じしないにもほどがあるぞ」
殺意にすら満ちた目を向けられたが、ここは夕食の席。家族会話のごとく怯まない忍を司が本気で止めている。
「ルシファーはプライド高いからねー」
「さすが傲慢さまだろ」
「お前たちなんでいつのまにか懐柔されてんの? 仲良くなってんの?」
「仲良くなんかなってねーよ。ただ、一緒に宝物庫に行っただけで」
「マモンは立ち入り禁止をくらっていたんじゃなかったのか?」
サタンの素朴な疑問から、話は昨日の「忍へのご褒美話」に至る。アスモデウスもいいものが見られたとひとりでキャッキャウフフしている。
「そういえば、マモンがケルベロスに追いかけられてるとこ、動画撮ったんだった」
「何それ! 僕にも見せろよ!」
「やめろ! 絶対に見せるな!」
……七罪自体は仲が良いのだろうか。それともレヴィアタンの興味が実はそういったトラブルにあるのかマモンをいじりたいのか謎だが、意外にも積極的に話しかけられている。
「ケルベロスにおすわり、か……閣下らしいな」
「謎の遊び心があるヒトだもんな。おかげで忍が無駄に生き生きしている」
「ケルベロスはもふれなかったんだ。全身の毛が針みたいで」
再び無表情になっているベルフェゴールと、食事の前に自前でおかしを持ち込んでずっと何か食べてるベルゼブブ。ルシファーは眉間じわの妖怪になってしまいそうな顔をしている。
「いい加減にしろ。食前くらい静かにできないのか!」
「それ、朝サタンに似たようなこと言われた」
「食前も食後も、おやすみ前も静かにしていたいって忍言ってたよな?」
「賑やかなの、私じゃないよね? 私が怒られてる?」
「地味に発火材なのは忍だから。だから大人しくしてくれと言っているだろう」
騒がしいのは七罪だが、どうやらルシファーの怒りの矛先は「嫌いな人間」である忍に向かっている模様。
「少しはまともなのもいるようだが、その通りだ」
ルシファーは怒りを滲ませながらも珍しく司に同意する。
「ちょっとの間に随分、仲良くなったようだね」
「!」
いつからいたのか、どこから見ていたのか食堂の入り口にはアスタロトの姿。誰も気づかなかったあたり、アスタロトの無音具合には誰もかなわない。
「仲良くなんてなってない!」
「そうやって強く否定するほど肯定しているようなものだよ、レヴィ」
そうして席に向かう。時間はギリギリだがきちんと間に合っている。
「こんなにギリギリなんて珍しいですね。仕事、忙しいんですか?」
「あぁ、久しぶりに魔界に戻ったら、なかったはずの書類が山のように出されてきて」
アスタロトが魔界不在の折は、配下の誰かが処理していたものだろう。当然、城主が戻れば代理不要となって、しかるべきものがしかるべきヒトのところに回るということか。
全員そろったので、召使により食前酒が順に注がれていく。
「領地が大きいと大変ですね」
「そうだね。それよりここの七人の教育の方が重要案件なんだけど」
「重要案件?」
ぴくり、とルシファーが神経質に反応する。今日はなんだか必要以上にピリピリしている感じだ。当てられると空気が悪くなるので敢えて気づかないふりをしていたが……
「お前にとって俺たちの『教育』なんていうものは一時の戯れのようなものだろう」
「ちょっと、ルシファー。閣下にお前はないんじゃないの?」
さすがのアスモデウスも本心からか咎めたが当然「傲慢」が聞くはずもなく。
「そんなことないよ。君たちは中央から任された大切な新人だからね。学ぶべきことを学んでからここを出てもらわないと困る」
飄々とした表情のまま食前酒を手に取る。お前呼ばわりされたことは気にしていないようだが……
瞬間。
そのグラスがすぱりと信じられない鋭さで真っ二つに切りおとされていた。
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