「はじめまして」は五里霧中

3.魔界到着

 魔界の空は……暗かった。


「これは、想定内だけど」

「オレはアスタロトさん家(ち)という響きから全くこっちは想定外だった」


 暗いというより夜、という感じだろうか。

 時間的には昼なのだが、辺りは闇に包まれていて、広がる街の明かりは美しくはあった。

 秋葉の想定外なのは、やはり家というには全く次元の違う建築物がそこにあったからだった。


「だから言っただろ、城だって」

「なんで君までついて来てるんだい?」

「初日だからな~日本在住神魔として監督」


 なんだかんだ言いながらついて来ているダンタリオン。


「お帰りなさいませ、閣下」


 重厚な扉をくぐり、ようやくエントランスまでたどり着くと何人かの角の生えた、けれど人型に近いヒトたちがそう言ってうやうやしく頭(こうべ)を垂れた。


「ただいま。部屋の用意は?」

「できております」

「じゃあボクが案内するから」


 アスタロトは人間界にいる際、ほとんど独り歩きの観光神魔だ。ダンタリオンのところにいることはいるが、姿を見せることもあったりなかったり。そもそも出会いが外で「さん付け」になってしまっていることからもわかるように、爵位を主張するようなこともなく……


「閣下という言葉に違和感」

「こっちじゃ大公爵だからな。お前らも言動に注意しろよ」


 ダンタリオンからの忠告があった。


「序列は絶対だ。お前たちは客人だがあまり無礼な振る舞いをすると、本人よりも配下の方に敵意を持たれる可能性がある。主を貶められる行為は自分を貶められているようなものだからな」

「ダンタリオン、脅さないでくれるかい? 君たちはいつも通りでいい。というかそうでなければ意味はない」

「確かに、交流に来たのにへりくだってどうするのかという根本的な公爵の発言」


 ダンタリオンは久々の魔界のせいか、随分とピリピリしているようだが……

 アスタロトはいつも通りだ。


「オレは魔界の一般論を述べたの! いいか、ここで起こることは魔界の中では非常識だと思え」

「君、人の家に来ておいて随分なこと言ってるけど、客人だっけ? 新しい使用人かなにかだっけ?」


 それは、この領地内において主であるアスタロトが全てにおいてアドバンテージを持っているということである。

 人間界では全く見られなかった側面が目の前で展開されている。


「珍しいというか、新鮮だね。魔界よりもアスタロトさんの言動が」

「ここアスタロトさんの領地? になるんか。力関係で言ったら王様みたいなもんだもんな」


 アスタロトはどちらかというと傍観者タイプで、主張はしてこない。だが、ここでは、いやおうなしに立場上の振る舞いは出てくるわけで。


 これが面倒で人間界に来ていたのではないだろうか。


 ちょっと余計なことを思い浮かべてしまう瞬間。


「魔界のことはおいおい教えていくよ。城の中にいれば取って食われることもないだろうし、とにかく用意した部屋に荷物を置いて少し休んでいるといい」

「この辺りの配慮が、お前との埋まらない差」

「比べなくていいし、こいつが普通じゃないだけ」

「ダンタリオンが来るとは思わなかったから、君の部屋用意してないんだけど、地下でいいかな」

「……………………普通に客室使わせてくれないか」


 いよいよ使用人どころかそれ以下になりそうな気配がしたので、ダンタリオンが折れている。短絡的だが、地下と言われると牢とか倉庫とか、そういうイメージしか湧いてこない。


「忍は単独、司と秋葉は相部屋。良かったかな」

「部屋は腐るほどあるのに何でそこは相部屋なんだ?」

「秋葉、一人で寝られる?」

「いや、その言い方すっごいお子様みたいだから勘弁してください。……でも危ないことがあったら、ってことですよね」

「様子を見て慣れたら別にしてあげるよ」


 胸をなでおろしている秋葉。この中で戦闘能力があるのは司だけなので、何かあったらジ・エンド。それがわかっているので、むしろ有難いんだろう。慣れない魔界。その日にあったことの話もできる。


「私はいきなり一人部屋ですか」

「忍、自分の性別考えて」

「それもあるけど、何か大丈夫そうな気がしたから」


 気のせいで、一人部屋を賜った忍。部屋自体はすぐ近くなので特に問題はない。

 ダンタリオンは別の客室に案内されて、アスタロトもまたあとで、とその場を後にする。

 荷物を置いて、忍は秋葉と司の部屋へ行く。


「なんか、豪華すぎて逆に落ち着かない」


 秋葉はいろいろな意味で慣れるまで時間がかかりそうだ。


「でも華美な感じではなく内装が落ち着いている。さすがアスタロトさんというべきか」

「そうだな。城なんて言われるとゴタゴタしたイメージの方があるからな」


 ただでさえ高価なものであふれていそうだし、ゴシックや中世イメージが強すぎるせいだろう。話をしながら歩いていたからあまりよくは見てこられなかったが、城内を見て回るだけでもとても価値ある時間を過ごせそうだ。


「この広さは持て余す以外の何物でもなさそうだが、三か月もいれば慣れるんだろうな」

「持て余さないように枕投げでもする?」

「あとにしてくれ」


 そんな会話を繰り出しつつ、休憩。ここにくるまでざっくりこの辺りのことは教わった。

 ここはアスタロトの居城であるが、バルコニーから見渡せる一帯もその領内だ。魔界においては階層が深く治安は良い……あくまで人外の住民にとってだが、ともかくいきなり下級デーモンが殴り合っているような光景があるはずもなく、人間界に例えると……


 麻布十番。


 ……例えられると逆にわかりづらくなる不思議。


 ティーセットなどは用意されていて、一息ついて落ち着いたころにアスタロトがやってくる。


「この城に滞在にするにあたって、交流してほしいヒトたちがいるんだけどまず会ってくれるかい?」

「この城のヒトですか」

「一時預かりなんだけど、多くの時間を一緒に過ごすことになると思うから」


 そもそも派遣が交流名目だし、いいのでは。

 拒否権もないので、連れられて「彼ら」の待っている部屋に案内してもらう。


「この城の案内や過ごし方はおいおいで。過ごし方は基本、好きにしててくれていいけど街に出るときは注意が必要だから要相談でね」

「知らないこと多すぎるもんな」


 今となっては魔界という言葉も慣れた言葉ではあるが、はっきりいって異世界だ。


 そして、一つの扉の前に来てアスタロトが足を止める。

 ノックをせずに扉を開けた。この辺りはらしくないとは思うが、上下関係での暗黙の了解か何かだろう。


「待たせたかい?」

「………………」


 そして、そこにいたのが、七人の人間、の姿を模した悪魔たちだった。

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