4.七つの大罪
そんなわけで。いきなりハグで歓迎(?)してきたアスモと呼ばれた悪魔の行動を皮切りに一気に真実が明るみになり始めた。
七つの大罪、その新人教育。
疑問が多すぎる。
「すみません、いくつか確認したいんですが」
あちらは自分たちのことを聞いているようで、大人しくしている。その視線は、三者三様……ならぬ七者七様ではあるが、決して好意的ではない上に侮蔑、冷酷、無関心などネガティブな言葉でほとんど表現できそうだ。
「どうぞ」
こちらが状況を把握できていないことを承知しているアスタロトは、立ったまま質問を受け入れている。
「七つの大罪って言いましたよね?」
「正しくは『七つの罪源』。ボクたちより人間の方が詳しいと思うけど」
「? アスタロトさんより? 人間の方が詳しいって?」
七つの大罪、それは唯一神を頂きに祀る宗教圏で発生した言葉。
人間の罪を大別すると「傲慢」「強欲」「嫉妬」「憤怒」「好色」「暴食」「怠惰」、この七つになるという。
日本人は、こういうのが大好きなのでアニメや漫画で取り入れられていることが多く、馴染みのない人でもCMで耳にしたことがあるだろうくらい、有名な何か。
「ざっくり説明すると、七つの大罪というのは人間が分類した説に後付けで、それを誘発しそうな悪魔が配置されたものなんだ。それが固まったのが16世紀だったか」
「……意外と最近だな」
司の素直な感想。人間にとっては最近ではないが、世界史の教科書でもルネサンスあたりで「記録」としては割と正確に残り始めている時代だ。
それはつまり、科学も台頭してきた頃合いであり。
「それが問題だった」
アスタロトの話は続いている。
「それよりもずっと先発で存在しているのはこちらなわけで。そんな概念は魔界には存在していなかった。もちろん、オリジナルの悪魔もいるけれど」
読めてきた。オリジナルの悪魔。この言葉が全てを物語っている。
「……つまり、ここにいる七人は、オリジナルとは別に生まれた方々、ということですか」
それも、ごく最近。人間の思想の影響を受けて。
さすがに「発生した」とかいう言葉は使ってはいけない気がしたので、言葉は選ぶ。ここにいるからには悪魔には違いないのだ。これ以上、冷たい視線にさらされるのも避けたい。
「そう、詳しいことは追って話そう。どうせダンタリオンも乗り込んでくるだろうしね」
アスタロトも空気を読んだ。
「ともかくそういうわけで、ボクが基礎教育を一任されて」
「……」
聞きたいことが再び生まれるが、今それをやると話が進まなくなるので、あとにする。
たぶん、通じている。
「ここで一緒に過ごす、って言ってましたけど、教育って言うのは?」
信じがたい、という顔で秋葉が口を開いた。先ほど確かに「新人教育」という言葉をアスタロトは使っていた。
「そこはあまり気にしなくていいかな。さっきアスモ……彼は『色欲』を司ると言われるアスモデウスとして規定されているんだけど、彼が言った通り、人間の君たちにしばらく一緒に暮らしてもらうことで人間を知ってもらう、それだけ」
「普通にしてればいいだけですか」
「そう。学ぶのはこっちだから、ごく普通に」
……オレ、普通でいられる自信ない。
小さく秋葉がそう訴えてきている。
うん、普通ってなんだろうね。
哲学的な問いが忍の脳裏をよぎって消えた。
「彼らには、もう君たちのことを話してある。今日は顔合わせということで……随分空気が悪いね」
「当然です。我々に人間と暮らせというのは」
「悪魔が魔界で人間と暮らすなんて聞いたことないよ」
「めんどくせーの一点張りになりそうです、閣下」
視線が向いたことで一斉に噴出される冷遇の声。アスタロトはそれを一通り聞いてから
「……その本来ならあり得ない君たちの教育の一環で、彼らにわざわざ人間界から来てもらったんだけど?」
「…………………………」
なぜか、全員が押し黙った。アスタロトの顔からはいつもの微笑み消えている。かといって、何かの表情が浮かんでいるわけでもなく。
逆にそれが怖いんだろうな。どういうパワーバランスかは全くわからないけれど。
人間三人はそろってそれを理解した。
「わかったら、いい加減紹介くらいは済ますよ。左から順にルシファー、ベルフェゴール、ベルゼブブ、サタンにマモン、レヴィアタン、で唯一自己紹介をしたのがアスモデウスだ」
「アスタロトさん、流しすぎです。オレ覚えきれない」
「忍は対応悪魔も知っていそうだし、あとで聞いて」
……人間を覚えるのは苦手だが、前にいる七人は髪の色も瞳の色も人間のそれではないので判別がつきやすい。
たぶん、なんとかなるだろう。
忍は、人間の姿をしてはいるが個性豊かな外見差のある悪魔たちを眺め見た。
「で、改めてこちらの三人はおそらく君たちに色々教えてくれるだろう忍と、秋葉。それから司」
あらかじめ教えておいたと言ったので、名前と本人を一致させるための顔合わせだろう。詳しい紹介はそれ以上なかった。
「君たちはとりあえず、その嫌悪的な態度を1週間くらいでなんとかするんだね。彼らにはまだ説明不足だから、あとでもっときちんと話をしておくから」
まったく交流も何もあったものではない雰囲気のせいかそういって割と早く切り上げる。
「アスタロトさん、オレ、あれと仲良くなるとか無理そうなんですが」
「ボクもそう思う」
どういうことですか。
思わず、異口同音に心の声が一致するのを感じる。
「……それ、そう思うんだけど君たちなら大丈夫とか言うやつじゃないですよね」
「うん、予想以上に人間に嫌悪を示しているね。実際君たちを前にするまではあんなにあからさまではなかったんだけど」
想定外だった割に全然困ったふうにも見えない。
「元々オリジナルのベルフェゴールは人間嫌いではあるんだ。傲慢を司るといわれるルシファーと、マモンも思わしくないね。彼はただの面倒だという感じはするけれど」
「……話が込み入りそうですか?」
「そうでもない。だけど一番うるさそうなのがいないから、一度で済ませたくて」
ここにいないという意味でも、一緒に来て事情が分かっていないという意味でも、
それはダンタリオンで決定だ。
忍たちも二度同じ話を聞くのも何なので、夜の会食まではこちらの過ごし方を聞くことにする。
当面生活に必要な場所については、アスタロトの従者の一人が案内してくれた。
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