5.サタンとアスモ
「オレ、迷子になりそう」
「探索だけで三か月かかってしまう」
「二人とも、探しに行くのが大変そうだから、せめて場所を覚えるまで一緒に行動してくれ」
城というだけあって、いろいろが遠い。移動に時間がかかる。必要箇所の案内だけで1時間以上かかってるってどういうことだ。
秋葉はモデルハウスくらいのコンパクトさで生活したい感じで悩んでいる。
「生活に必要なのは、食堂とバスルームくらいでしょ? ライブラリーとかプラネタリウムとかびっくりしたけど、アスタロトさん家(ち)は快適空間が演出されている」
「だから家とか言うなよ。もうアスタロトさん家(ち)ってレベルじゃないだろ? 一人で歩いたら遭難するわ」
それくらい広い、ということだ。強そうな悪魔も随所にいたりしたから一歩間違えると違う意味でも遭難しそうだ。
「シーノブー!」
「うぎゃあ!!」
「!?」
「あ、間違えた」
このどこか能天気で奔放な感じ。あの冷徹なまなざしの中で唯一、何も考えてないっぽいお気楽な感じ。秋葉も司も一発で覚えた悪魔がそこにいる。
「……間違えてくれてよかった……秋葉が上げた悲鳴を危うく私が上げる羽目になるところだった」
「男はかわいくないー シノブ、もう一回挨拶しなおそ?」
「嫌です」
ずばん。と音がしそうなくらいの即答。
いきなり後ろから抱きすくめられたのは秋葉で、なんで間違った、と言いたいところだがそこは敢えて黙殺する。
秋葉は放置されて呆然としている。
「シノブはどんな悲鳴上げるのかなー? 秋葉と同じって? ないでしょ、それ」
あはは、と笑っている。なんでこのヒトだけフレンドリーなのだろう。あぁ「色欲」の悪魔だからか。……力を司るはずの立場なのに、振り回されている感がするのはなぜだろう。
……人間が作っちゃったからか。
忍はその真相に気付き始めている。
「むしろ『きゃー』って悲鳴上げるとかないから。語尾に『だわ』とか『よね』とか使うのも二次元の住人が9割です」
「そうなの?」
「そういえば忍が悲鳴上げたとこあんま聞かないですよね」
「上げたとしても、さっきの状態なら秋葉と大して変わらない」
それくらい嫌だということだ。きゃーなんて可愛らしいものではない。鳥肌を立てる時の悲鳴に「きゃー」はない。
森経由で付き合いがそれなりに長い司はよくわかっている。
「オレの名前……」
「閣下から聞いてるって言ったじゃない。人間を間近で見るのは初めてだけど……ツカサもちょっと触っていい?」
「嫌だ」
「オレにも選択権くれよ」
もはや手遅れだった秋葉の一言。アスモはふふーんと薄く笑って見せる。
「事故とは言え、やっぱり女の子の方が好きだなぁ」
視線を受けてぞわ、と鳥肌が立つ感覚。悪寒、というべきか。
「他のヒトたちは?」
「昼は大体それぞれ過ごしてるよぉ? ぼくもこの時間はいつもなら鏡に向かってるところだけど」
……張り倒していいかな。ツッコミどころがどうとかいう前に、意味もなくイラっと来る瞬間だ。
もちろん、人間ですら手を挙げた経験はないので脳内の発言で済ませる忍。
「えっと、アスモ……ってアスタロトさん呼んでたけど」
「ぼくらの名前って長いし、オリジナルの魔王のヒトたちもいるし、呼び分けとかもあるんじゃないかなぁ。あ、でも愛称呼びって家族っぽくて何かいいよね」
そう思っているのは、こっちだけだろう。ともかく、『このアスモデウス』はまだ話が出来そうだ。物理的な距離感だけ警戒しておこうと忍は思う。
「他のヒトは歓迎ムードじゃなかったみたいだけど、アスモは平気?」
「ぼくはほら、人間を相手にしてなんぼの悪魔だから、お近づきにはなりたいよね」
「……そういうところは悪魔的発想だよな」
とはいえ、普通(?)に話せることと、主に被害が忍に集中しそうなこともあって、秋葉と司はむしろ安堵の方面で、ため息をついている。
「司くん、司くんは護衛で来てるんだからお願いだよ?」
「………………………………何をどうしたらいいかわからないが、頭に入れておく」
貞操の危機はともかく、念を押しておく。
「ツカサはぼくらとも戦える人なんだよね。ベルゼ当たりと手合わせしてみたら仲良くなれるんじゃない?」
「……ベルゼ」
「『暴食』のベルゼブブ」
自由時間になって適当に城内を見て回っていた忍たちと一緒に、なぜか並んで歩くアスモデウス。
「そこも略か……そうするとベルフェゴールっていうヒトはベルフェ? なんかややこしくない?」
「彼はベールって呼ばれてるよ。人間界でベールフェゴルって呼ばれることもあるんだって。ベルゼもベールゼブブって別名があるし、どっちがどっちでもいい感じだと思うけど」
紛らわしい。
「ベルゼブブ……あの、一番背が高かったヒトか」
「暴食だけあって、食べる量が半端じゃないから。うっかり腕とかかじられないように気を付けた方がいいよー」
どんな悪魔だ。オリジナルが泣きそうな大変なことになっている。ますますもって、色々が見えてきた気がする忍。
ベルゼブブは長身だが、どちらかというと細面で優男タイプの顔をしていたように思う。それが腕かじるとか。
「なんか悪魔だけどそういうの聞くと、オレの知ってる悪魔っぽい感じしないな」
「……」
「忍?」
それは「人間のイメージで生み出された」からだろう。そもそも力を制御して人間を堕落に導くはずの存在が、自分の属性で堕落しまくっていてどーする。というのがここまでの一例のまとめである。
「あぁ、うん。教育の意味が分かってきた」
「アスタロトさんの話?」
「『人間の都合で』新しく生まれた悪魔たちを放っておくこともできず、教育係として一任されたのがアスタロトさんだったんだろうね。魔界としても頭の痛い事態だった、みたいな」
「その通りだ。人間にしては察しがいいな」
どこからともなく、現れたのはふつうに人間の姿をした額にかかるほどの金の髪を流した悪魔……初めて声を聞いた。
「サタン! いつからいたのさ」
「さっきから。アスモが調子よく接触しようとするから、少し見張ってた」
「どういう関係?」
えー。とぶーぶー言い始めたアスモデウスを押しのけて、ほとんど無表情……というか、どこかすこぶる冷静そうなまなざしで自分たち三人をじっと見てくる。
それから小さくため息をついて、サタンは口を開いた。
「先ほどは失礼した。俺たちも初めて人間と接触をしたし、人間嫌いなやつも複数いる。空気が悪すぎて黙っているのが無難だと思ったんだ」
「……随分、印象が違うような」
「あはは、サタンは何か閣下に似てるところがあるんだよね。というより、尊敬してる?」
「関係ない。でも、閣下にお前たちが何かしでかさないか見ておいてくれと頼まれたのも事実で」
お前たち=サタンを除いた大罪メンバー六人。人間嫌いだとか人間を食糧に見立ててしまうとか、隙あらばソーシャルディスタンスを越えて超接近して来そうとか、さすが「大罪」だけあって個性が強い。
それらを見張るように言うあたり、このサタンという悪魔はアスタロトの信頼をそれなりに買っているんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます