6.交流開始

「何もしないよー。仲良くしようとしてるだけなのに」

「ベールやルシファーは全くその気はないようだから、マモンとアスモが要注意」


 なんだ、あの部屋の空気はお互い牽制しあってたのか。秋葉と司もそれを察した様子。アスモデウスもだが、サタンも割と話は出来そうだ。特に空気が読めるという点でアスモデウスよりまともに話せそうな気配すらしている。

 全員から底冷えしたまなざしを受けるよりは遥かにましな状況になって来た。


「ベールって、確かベルフェゴールだよな?」

「ベールは徹底的に人間嫌いだから、下手に声をかけない方がいい」

「出たよ、サタンの猫かぶり」

「そんな言葉は魔界には存在しない」


 じゃあなぜ知っているのかというと、やはり人間の影響が強いか、教育係がアスタロトだからであろう。アスタロトはもはや謎レベルで人間界事情に精通している。


「でもアスモは初めが初めだからわかるけど、マモンは? 一度もしゃべってないよ」

「面倒だって言ってたしな」

「すぐにわかる。とりあえず、周りにはいないみたいだしアスモはこれ以上シノブに手を出したら駄目だぞ」

「そもそも出してませんー」


 アスタロトにどんな影響を受けているのかはわからないが、良識そうなサタンの登場に、こんどこそ忍もまとめて安堵する。

 当面、何かあったらこのヒトに話をしてみるのもいい予感がする。


「でもいきなり七人と仲良くしてくださいって言われても、覚えられなそうだからこうやって二人ずつくらい話せたら落ち着くよな」

「秋葉、七つの大罪の悪魔を攻略か何かするつもり?」

「攻略ってなんだ。ってか、全然仲良くなれる気配しないヒトもいるし、ほっとしたって話だよ」

「そうだよ、ぼくもとりあえず男の子はあんまり気持ちよくないことはわかった」


 …………………。


 さきほどのは不遇の事故だが、司が同じ目に合う危険性はなくなったようだ。


「それで……さっきの話。人間にしては察しがいいって何? ……サタン、って呼んでいいのかな」

「あぁ。俺たちは人間の作り上げた『七つの大罪』から存在が確定して具現化した悪魔だ。さっき君が言った通り、オリジナルも存在するこの魔界では、半端な存在である俺たちは頭痛の種にしかならない。仮にも魔王クラスの名前を冠してしまってたり……色々と問題があるから、とにかく上級魔として教育を受けている、というのが現状だ」


 わかりやすい。すごくわかりやすい。

 アスタロトがあとで説明してくれると言ったことなのだろうが、もう大体、わかった。


「それでアスタロトさんが教育係?」

「閣下は見識が広いからね~ 魔界でも中立だし、人間界にも詳しいし」

「基礎教育の面ではうってつけだとまとめて預けられている」

「でもアスタロトさん、人間界にずっといたよね」


 長期不在になっていた記憶がないので、首をひねるとこれにもサタンが応えてくれた。


「座学、礼節、そういったものは閣下の側近や他の教育係が教えてくれる」

「閣下は自習させるのが好きだし」


 わかる。自分で考えなさいタイプではあると思う。

 下手に思想を植えこむような派閥に属した貴族より、そういう意味でも適任だった、ということだろう。

 それに、なんでもかんでも口を出すより、そうした方がアスタロトとしても楽であり、かつ育つ側は考える力を養うトレーニングにもなるというスバラシイ「教育」。

 元々、本当に必要なことにしか手を出してこないヒトである。


「じゃあアスタロトさん自体は何を?」

「アレだろ、学校で言うところの校長先生みたいな。進捗確認して担当の先生に指示出したり、方向修正したりするんだろ」

「秋葉にしてはすごくいい例えだ。よくわかった」

「ぼくにはわかんないよ」

「ともかく」


 サタンが話が逸れないように軌道修正をして続ける。


「基礎教育はこれが最終段階になる」

「最終段階?」

「人間とのかかわり方を覚える」

「……」


 なぜか、落ちる沈黙。


「ねぇ、何で黙ってるのかな。秋葉、司くん」

「いや、人間とのかかわり方を覚えるならお前じゃダメなんじゃないの? お前怖いもの知らず過ぎてイレギュラーだよ」

「怖いもの知らずなわけじゃない。怖がらなくてもいいことと怖いことをわけているだけで」

「その基準が人と違うの!」


 秋葉、わたしから言わせれば秋葉が心配しすぎなんだよ。とは言わないのが思いやりだ。何が怖いかは人それぞれだろう。各自の価値観を尊重する。


「かといって、いきなり人間界に出すのも不安要素が多すぎる。だから、魔界の側に人間を招いた、ということか」


 司が結論を出した。


「そう。要するに君たちはいい言い方をすれば緩衝材の役割ということになるんじゃないかな」

「悪い言い方をすると?」

「サンプルじゃないの」


 お試し用の何かだろう。忍は自らの立ち位置を理解した。だからといってアスモデウスに黙って触られる気はない。


「サンプル……オレたちはレストランの入り口に並んでいるあの食品サンプルみたいな扱いなのか……」

「違う。今更現実逃避しないで。食品サンプルには触れない」

「ふたりとも、ちょっと落ちつけ」

「司くん、私は落ち着いている」

「……そうだな、悪かった」


 忍の反応は安定の通常運行だ。なのに思わず二人まとめてしまうあたり、司の方も少なからず動揺しているようだ。護衛とはいえ、現実じみてきた危機感と、わけのわからない魔界事情の板挟みにあっている。

 なんだかんだ言って、一番冷静なのはいつもどおりの忍らしい。


「だからー もう一回」

「そろそろ課題の時間だぞ。じゃあ俺はアスモを連れて行くから」

「ありがとう」


 悪魔王サタンの名を冠した良識が去っていった。


「……えらいのに気に入られたな」

「気に入られたんじゃない。文字通りサンプルなんだ私は。他の『大罪』の意味を考えると私が一番注意すべきは彼な気がする」


 傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、好色、暴食、怠惰。


 人間が「勝手に」決めた七つの大罪。


「よう人間! マモン様のお出ましだぞ」


 その一人が遅れて現れた。

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