57.怠惰の小鳥ーその後(2)
と思ったのだけれど、毎日黒ルリビタキは帰ってきた。
今日もベルフェゴールの肩に止まってくつろいでいる。
予想は出来たけれど、慣れすぎた。
「さえずりが上手くなって来たね」
「どうするのさ、これ。全然出て行ってくれない」
「朝でかけて夕方帰ってくるんでしょ? 理想的じゃない」
落とし物もほとんどない。エサも水も不要。勝手に出かけて勝手に帰ってくる。手のかからないかわいい小鳥がそこにいる。
「ぼくはペットが欲しかったわけじゃなくて……」
「厳しいようだけど、本当にさよならしたいなら、窓は閉めておくという方法はある。帰れないと分かったら別の場所に行くはず」
「……!」
これは切ないサヨナラの仕方だ。送りだす方が心を鬼にしなければならない。悪魔だから鬼より簡単なはずではあるが、忍としては心が痛むので無理レベルである。
悩んだ末に……ベルフェゴールからため息が発せられた。
「無理だよ。こんなになついてるのに。せっかくここまで育ったのに帰れない何日かで夜、襲われちゃうかもしれないし」
無理が口癖だな。秋葉もよく口にしているが彼の「無理」は本当にできません的な意味なので、ベルフェゴールの「無理」は無理ではないと見た。
忍はとりあえず、散歩に出ることにした。ベルフェゴールと小鳥も一緒だ。
人目を避けてはいるが、割と日課のようになっていた。
「珍しいね、ベール。君が人間と一緒に歩いているなんて」
そうふいに声をかけられて、ベルフェゴールの表情に緊張走る。無意味な緊張だが、正しく言うなら見つかってはいけないヒトに見つかった、という感じでもある。
声をかけてきたのはアスタロトだった。
「そうでもないか。最近は仲がいいみたいだ」
当然に。気づかれているようだった。侮れるはずもない相手だ。
忍はふつうに挨拶をして会話を続ける。
「黒ルリビタキ」
そして今度こそ唐突にアスタロトがそう言った。ぎくりとした気配がもろにベルフェゴールから伝わっている。
「忍がよく連れて散歩してたろう」
「気づいてました?」
「気づいていたというか、見かけてた」
どこからだろうか。行動も気配も読めないヒトなので、たぶん二階とかテラスとか、さりげなくどこからでも見られていたんだろう。
「それに大分前にその鳥のことをネビロスに聞いていただろう? その時から?」
「これは……」
しかし往生際が悪く知られたくない様子のベルフェゴール。
仕方ないのでバレバレだとは思うが助け舟は出しておく。
「私が拾って、ベールの部屋で預かってもらってました」
「人間嫌いのベールにわざわざ頼んだのかい?」
無理がある。わかっていながらアスタロトは小さく声を上げて笑いながらそういう。瞳が猫のように細くなって本当に楽しそうには見える。
「怠惰なベルフェゴールに、少しでも勤勉になってもらいたくて」
そう言うと。
「……」
一瞬時は止まったが。
「ふふ、それはいい心がけだ。それで? 鳥は順調に育ったかい?」
「放鳥の段階まで育ったんですけど、慣れすぎてしまって帰ってきてしまうんです」
「慣れているのは忍に? それともベールに?」
なぜかそんなことを聞かれ、素直に黒ルリビタキを入れた散歩用の籠を見せていたが、思わずベルフェゴールと顔を見合わせる。
ベルフェゴールが応えた。
「どっちにもだよ。ずっとぼくの部屋にいたから……」
「そう。じゃあベールにその気があるなら使い魔にでもしてみたらどうかな」
「使い魔?」
ばつが悪そうに目を逸らしっぱなしだったベルフェゴールがここで初めてアスタロトを見る。いつもの涼し気な表情で、アスタロトはそれに応えた。
「少し頼りない気もするけど、まだ持ったことがなかったろう? 練習と思って使い魔にして周辺を把握することから始めてごらん。有翼種なら機動力が高い利点もあるし、街の様子位なら見てこられる」
使い魔とは、その名の通りお使いをする従僕のことで、猫や犬など身近な生き物が人間界知識ではポピュラーだ。小鳥というのは聞いたことがないが……
「出不精の君に、ぴったりだろう」
「!」
それはアスタロトからのベストな提案でもあった。
街の様子くらいならどこにでもいる黒ルリビタキは誰に警戒されることもない。
アスタロトはおそらくお見通しの上で、だろう。誰にでも通用する理由までおまけにつけてくれた。
「レベルとしては初歩。貴族クラスになると逆に持たないことの方が多いから、みんな世話向きじゃないし実践させる気はなかったんだけどね。ベールは意外と面倒見がいいらしい」
「ぼくじゃなくて、それはシノブが……!」
「忍はヒナを育てたことが?」
「動物は大体好きです」
巧みに会話の流れが変わった。忍も率直に答える。ベルフェゴールとしてはこれ以上踏み込んでほしくない話しなので、それ以上口を挟まない。元々、おしゃべりな方でもない。
「じゃあ忍には小さい子の世話を頼もうかな」
「……小さい子?」
そして巧みに流れの変わった会話は、更に物議をかもす提案となっていた。
「ケルベロスの幼獣」
こうして。ベルフェゴールには小さな使い魔がつくこととなる。
のちに大悪魔の片腕となる彼には似つかわしくない存在であるかもしれないが「練習台」。そんな言葉で彼はしばらく凌ぎつつも、使い魔として与えられた長い寿命が果てるその時まで、その小さなどこにでもいる鳥を大切にしていたというのは、また別の話。
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