58.幼獣カフェ

 ケルベロス。主に語り継がれる姿は三つ首で、ギリシャ神話においては地獄の番犬として名をはせている。

 魔界では「それっぽい存在」をそう呼ぶことも多々あるらしい。


 アスタロトの城では宝物庫の番犬をしている。


 忍はその幼獣……つまりは子どもの世話を頼まれていた。


「大丈夫なの? ケルベロスってアレだろ? この間宝物庫にいたやつ」

「思い切り攻撃的だったが……幼獣でも危険じゃないのか」

「そろそろ何か魔界の生き物と触れ合いたいと思っていたんだ。それにそんなに危険だったらアスタロトさん頼んで来るかな?」

「話し聞いてたら思い切り流れって言うか、思い付きって感じだけど?」


 しかし、宝物庫の番犬はしっかりとしつけがされていた。飼い犬のごとく「おすわり」「お手」ができるレベルで。

 ただし、命令権はアスタロトにしかなかったところもポイントだろう。


「成獣まで面倒見ろというわけでなく、私が動物好きだからやってみる? 程度の話だと思う」

「そのやってみた程度で片手食いちぎられそうで怖いんだよ! みっつも首あるし!」


 と、言いながらも目的地に向かって一緒に着いてくる秋葉。なんだかんだいって付き合いがいい。

 司は「そんなことがあったら護衛として何のためについてきたやら」ということになるので同伴必須である。


 相手は魔獣だ。


「魔獣。なんだかわくわくする響きだ」

「響かないよ。むしろ一生関わらない方がいい響きだよ」


 神魔と共生する現代日本。魔界に来てから忘れがちだが、滞在神魔のペットとしては魔獣はポピュラーな方だった。けれど知能が低めで


 危険


 なのでうかつに近寄ってはいけないというのが暗黙の了解であったわけで。


「三人とも、来たね」

「なんですかここ。魔獣カフェ?」


 忍のテンションが上がる要素しかない。

 アスタロトが普段は行かないだろう飼育現場には、獣タイプの何かのこどもが多種存在しておりフリーダムに室内をうろついている。

と思ったが。


「ていうか、魔獣って小さい時から育ててるんですか? どこからか狩ってきて手なずけるとかじゃなく」

「ここにいるのは管理不十分で増えてしまった子たちなんだ。飼育係は責任もって餌になってもらったよ」


 すみません、どこまでが冗談ですか。珍しい言い方を笑顔でするので誰も判別がつかない。そして誰も深追いはしない。


「おー、やってるか」


 そして物見高い魔界の公爵、ダンタリオンがまたやってきた。


「久しぶりですね。公爵、どこほっつき歩いてたんですか?」

「シノブ……お前は魔界に来てから全開だな。生き生きしている」


 変に気を使う必要がないからなのだが、そのままアスタロトの代弁にはなっていたようだ。表情が物語っている。


「どうせふらふらするならうちじゃなくてもいいんじゃないのかい?」

「オレはこいつらの保護者なんだよ。人間界からの交換人事が下手打ったらオレも人間界に行けなくなる」

「アスタロトさんが下手を打つとは思えないけど、とりあえず」


「「「保護者だったらふらふらしてていいものか」」」


 見事に保護されるらしき三人がハモった。


「ツカサがいるだろ? 手が足りなかったらオレが出る」


 見事に保護者面しているが、司は護衛係なのでたぶん守られたくない。いろんな意味で。一方で、護衛対象は忍と秋葉の二人だから、確かに二人同時に広範囲魔法なんて浴びせられた日には手は足りなくなるのも否めず。


 全員、妥協。


「それはともかく、何だよこの幼獣カフェは」

「公爵と同じ発想をしてしまったことは、光栄というべきですか? 不覚というべきですか?」

「ここは飼育場じゃないからカフェ呼ばわりでもいいよ。忍が乗り気だからまとめてこの部屋に集めさせておいた。好きな子選んでいいよ」

「わーい」


何か部屋がふつうの洋室だったからおかしいとは思ったが、ナチュラルに特別仕様だったらしい。もうほんとに魔獣カフェ状態であることを楽しんでいいのか、とりあえず忍に何か突っ込んだ方がいいのか、秋葉と司は悩むところだが、もふもふした獣が足元をうろついているので、魔界にあるまじき癒しの空間に負けた。


「これくらい小さいとふつうに犬っぽいなーなんだろ、これ」


 もふもふ。


「こっちはネコ科だな。動きも三次元だ」


 もふもふもふ。


「秋葉のはフェンリルの幼獣だろ? ツカサの方はユキヒョウだ。なんでそんな小さいのがいるんだ?」

「さっきの話だと、手違いで増えたらしいけど」

「いや、種類いすぎだろ。同時多発的にこんなに同じ成長具合のが揃うか」


 言われてみれば。ということはここを設営するために(?)集められたのか?

 忍にとってはどうでもいい。


「フェンリルにユキヒョウですと!? ……フェンリル捨てがたいけどネコ科でお願いします」

「ケルベロスがどうとか言ってなかった?」


 それならもうすでにこの城にいることは知っていたから、飼育係の話も普通に流せたわけで。秋葉がまだ人畜無害そうな大きさの幼獣を片手で転がしながら聞いてみた。


「カフェ機能としては好きな子を選んでいいんだけど、ケルベロスの世話は本命でしてほしく」


 あ、本当だったのか。

 いずれにしても、テンションは上がっているので何でもこいだ。


「ケルベロスは確かに成獣もいるもんな。それならオレも納得だ」

「君が何にどう納得したのかわからないけど、その子たちより大きいから別にしてあるんだ。入れてもいいかい?」

「どうぞ」


 即答すると、続きの部屋の扉が開いてそこから従者のヒトが鎖を引っ張って何か連れてきた。鎖?


「……でかい!!」

「いや、前に見たのに比べればお子様だよ。秋田犬くらいじゃない」

「秋田犬は人間界じゃ大型犬だよ!」


 比較スケールが忍の中ですでに魔界適用されている。秋葉の言う通り、今まで彼らがもふっていたのとは比べ物にならない大きさの三つ首頭の猛獣が出てきた。

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【S-side】異世界?いいえ、魔界で悪魔の新人教育を手伝っています 梓馬みやこ @miyako_azuma

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