56.怠惰の小鳥‐その後(1)
七つの大罪。くせのある七人の悪魔たちとすっかりつつがなく済ますことができるようになった朝食後。
「あんた。ちょっと来てよ」
「?」
ベルフェゴールが、一番に席を立ちそう声をかけたのは忍だった。
「あのベールが!」
「自分から人間に声かけた!!」
残された六人騒然。そうとは知らずにすでに二人は出て行ってしまっている。
ベルフェゴールは人間嫌い。ルシファーとは違う意味の「嫌い」具合で、絡みすらしないので、永遠に秋葉たちともまともに会話する機会はないと思われていた。
が。
「どうしたの急に。鳥相談ですか」
「わかってるなら聞かないでよね。そうだよ、あいつ飛べるようになって部屋が落とし物だらけで困る」
落とし物は自然現象であり生理現象だから仕方ないだろう。ベルフェゴールお気に入りの日差しが柔らかないつものホールに来て、二人は足を止め、そう話した。
「あれじゃあおちおち昼寝もできないよ」
割と本気のため息。
「脱走事件は誰にも知られなかったけど……いつまでも部屋に閉じ込めておくわけにはいかないし」
「ということはベールは時期が来たら放そうと思ってる?」
「……ちょっと来て」
そして連れていかれたのはベルフェゴールの部屋だった。
ドアを開けるなりたどたどしいさえずりが聞こえる。
「あれ、鳴く練習まで始めてる。もう立派に巣立ちできるんじゃない?」
「そうなの? でもエサの取り方とかわからないし。落ちてるものは自分で食べるようにはなったけど」
と言っている間に窓辺のカーテンレールの上にいた黒ルリビタキは羽ばたき、ベルフェゴールの肩に止まった。
「めちゃくちゃなつかれている」
「だから困ってるんだ。こんなので外に放しても平気なのかとか」
本人は疑問だらけでそれを放ってきているのだろうが、随分優しいことだ。
知らない人間が半端にヒナなんて拾って育てても、飛べるようになった時点で「もう大丈夫」とか思って、同じ鳥の群れがあったらそこに放してしまったりする。
群れにいきなり受け入れられるかとか温室育ちがいきなり大空を渡って生きられるのかとかはあまり考えない。
物事には段階というものが必ず存在するわけで。
「いきなり放すのはお勧めできない。なんだかなつきすぎてる気がするし。必要以上に可愛がったりとか……」
「! してない!」
してたな、これは。
野鳥を手乗りにしてしまうのだから相当だろう。最終目的が野生に返すことなら、ヒトになつかせるのはよくない。
でもそれ、教えてなかったから自分の責任だな。
忍は思う。
「んー、放したままなら落し物はしばらく我慢してもらって……」
むしろなぜ籠に入れなかったのかは問いたいが、本当に何もわかっていないからその発想もなかったのだろう。ペットではないのだから鳥にとっては良いことだ。
「雑食性でスズメに似てるって言ってたから、きっと飛ぶ虫も食べるんだよね。そうするとそれを取る訓練は必要では」
「……訓練って、そんなのどうやって」
「人間界と同じなら、ふつうは巣立った後に親がしばらく連れ歩いて、エサをあげながら少しずつ飛ぶ練習をしたり狩りの練習をしたりするケースが多い」
理想は、その段階を踏むことなのだろうが……
「飛ぶ練習は勝手にしてるけど、虫を捕るとか教えるの無理」
「私もそう思う」
「じゃあどうすんの、これ」
自分で拾っておいてどうすんのはないだろうとは思うが、この場合は無責任発言ではなく本当にどうしたらいいのかわからないという意味なので、約束通りできる限りの知恵は絞ることにする忍。
「最終的に放すつもりなら、少し外見せて歩いて、それに慣れたら窓を開けて自分で出ていくようにしておくのがいいのかな……」
「自分で出ていく?」
「できるだけ籠に入れて窓から外見せて。しばらくは帰ってくるかもしれないから窓も開けて……それはもう少し先だから私も見に来る」
すっかりくつろいで羽繕いを始めている黒ルリビタキの小さな姿を見ながら忍は、本当に放していいものかと内心不安になるのだった。
それから数日。
どーしてもバレたくないベルフェゴールに代わって忍が小さな籠に小鳥を入れて周辺の散歩をしていた。
朝夕ひと気のない時間、ひと気のない場所を歩く。ちなみに秋葉と司にはもうバレッバレなので、口止めだけしておいた。
結果。
「……あんたにもなついちゃったじゃないか。これ、どうすんの」
散歩の時間にベルフェゴールの部屋に行くと、黒ルリビタキが飛んできて忍の肩に止まるようになるまでそう時間はかからなかった。
「ヒナから育てたからなぁ……人に恐怖心がないんだね。これ、野生に戻しても大丈夫なんだろうか」
「今更? ずっと飼えとか無理だよ」
無理無理多いのは彼が本来は「怠惰」のベルフェゴールだからであろう。無理というよりめんどくさいという意味に近い。
「寿命は人間界の鳥と大して変わらないから、悪魔の時間に比べたら全然『ずっと』じゃない」
「一週間昼寝できなかったらぼくが死ぬよ」
「ベールはホールでもプラネタリウムでもどこでも寝てる」
鳥は基本、夜は早寝なので問題はないはずだ。というか悪魔が人間とほぼ同じリズムで生活していることに今更違和感を覚える忍。
そもそも彼らに睡眠が必要なのか?
自分の疑問はとりあえず、置いておく。
「落とし物!」
「かごに入れることを覚えたんだから、毎日1時間くらい遊んであげれば問題ないと思うんだけどじゃあ放鳥の方向性でいいんだね」
最終確認。
「……」
なぜかベルフェゴールは言葉に詰まったような顔になっている。ここまで育ててなついたらそれはかわいいだろう。悪魔にもそういう愛着の湧き方がするのかどうかは謎だが、ふつうに鳥はかわいいので、そこを差し引いても複雑なのはわかる。
「いいよ」
少し間があって応えた。
「じゃ、そろそろ窓を開けておくんだね」
怠惰の悪魔と小さな小鳥のお別れの時が近づいていた。
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