Mission2

41.新しい課題

座学は順調、技術面での制御もまぁ基礎としては及第点。


それがアスタロトの現在の見立てだ。七つの大罪。新しい悪魔でもある彼らにとって、究極的に足りないのが、実経験である。これは魔界の社交場に出てからヘマをすると上の面子を潰す→即死につながることでもあるので踏ませておきたいが……


「さて、基礎というのは一体どこまでが基礎なのか」


書類を眺めながらアスタロトは小さく独りごち、ため息をついた。

小さなノックの音が響く。


「どうぞ」


待つ気配がするので、返事をするとルシファーが書類を持ってやってきた。


「本日分までの課題のレポートです」

「全員分か。いつもはマモンが落としてくるみたいだけど、よく集めたね」

「それがあなたのご命令でしょう。『管理しろ』と」


ルシファーは前回の一件以来、アスタロトに対し反抗的な態度を見せなくなった。従順、というわけではないが、少し角が取れたような気はする。あくまでアスタロトに対して。


「そう。それで、調子はどうだい?」

「どうもこうも、問題児揃いで大変です」

「君も晴れてまとめる側の気持ちが分かった、ってことか。適任だろうからまい進するんだね」


正に飴と鞭。いや、この場合は鞭と飴の順になるのか。そんな言葉をかけられるとルシファーはちょっと意外そうな顔をして、それから黙って頭を下げると出て行った。


「……別人のようだな」

「プリンに名前書いた人とは思えない」

「忍、それ絶対に言うなよ。アスタロトさんには一目置くようになったけどオレたちは死亡フラグ立つからな」


書類の整理を別のテーブルで手伝っていた三人。影になって見えなかったようだが、聞こえていた会話から察する。さりげなく敬語にもなっていた。


「魔界のヒエラルキーは絶対だからね。人権、平等なんて言葉は存在しない。食うか食われるかの世界だ」


アスタロトは自分の手元にある書類をまとめながら、クスリと笑みを漏らす。言っていることは人間の世界では笑いごとではないが、実際、そうなのだろう。


「この関係は人間界より自然のそれに近い。ちょっと面白いね」

「……面白くないです。怖いです」


これは秋葉だ。そんな世界に一人で放り込まれたら、即日おいしく頂かれて終了になる。人間としては死んでも避けたい状況だ。……というか死ぬ前に避けなければならない状況だ。


「人間界にもヒエラルキーは存在してるけど……肩書が剥がれると途端にピラミッドから崩れ落ちるからね」

「それも魔界とは大きく違うところ」


人間界では上位に君臨するには富や肩書ありき、魔界では実力に対してそれらは後から着いてくる。

アスタロトは軽くそう加える。


「もっとも魔界にも社会としての機能があるから、そう簡単にこれは崩れない。むしろ実力で現在の地位にそれぞれが落ち着いているから、崩すこと自体が難しいというのはある」

「アスタロトさんが人間界に長期でいたっていうのも、こっちが安定してるからってことですか」

「そうだね、人間界はあらゆるもののスピードが速いから、退屈しないっていうのもあるけど」


文明、技術の進歩、人間の世代交代。

確かに長きを生きる悪魔にとってはそれらはめまぐるしい変化なのだろう。実際、1世紀ほどで日本も年号は三度変わり、近年の社会構造は10年もあれば急変している。


「魔界は退屈ですか?」


忍が聞いた。


「退屈とは言わないけど、飽きが来ることはある。人間もたまには気分を変えて旅行に出たがるだろう?」


ダンタリオンの話では旅行というより、別荘行ったまま帰りませんくらいの長さのような気もするが、そこはそっとしておく。日常から離れてくつろげる場所に行くのは大事なことだ。


「今はそれほど退屈じゃないし」

「正直、あの七人は面倒ごと? 展望としては退屈じゃない要素?」

「忍、自重」


秋葉や司が聞かないことを割と平気で聞く忍。アスタロトは気にしてはいない。


「後者になると面白いんだけど。とりあえず、君たちが来てくれたから割と、退屈はしない」


まとめて観察の対象だな。

三人はすぐに悟った。


「忍のおかげで随分、面倒な要素が減ったし。これを機会に次の課題でも出してみようか」

「なんですか?」

「何わくわくしてんの。忍は企画に参加しちゃダメ!」

「別にそこまで首突っ込んでない。聞いてみただけなのに……その言い草」


アスタロトと忍は遊び心という点で、ちょっと共通項があるように感じ始めている秋葉と司。組まれたらえらいことが起こりそうな気がする。

所詮こちらは人間なのだが。


「複雑な課題じゃないよ。ただ、もちろん三人には立会人として協力してもらうことになるかもね」


……それがここに来た目的なわけだから。断る理由はないわけで。

何かが起こる予感しかしないが、秋葉と司も承知をするほかはないのだった。

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