40.反逆の理由

「ともかくレヴィアタンについては沈下している人格の方が格が上のようだから、放っておいてもいいだろう。力が強い割に一番反抗期だったルシファーが大人しくなるならボクはいい」

「反抗期って、アスタロトさん……」


放っておいてもいいって、アスタロトさん。


秋葉に続いて心の中で思ってみたが、アスタロトにとっては些事に過ぎないに違いない。とりあえず、人間界では見られないアスタロトの力量が伝わって……きたのだろうか。会話が通常運行過ぎて実感が湧かない。


「しかし、全員そろった食事時にブチ切れるって、どんだけお前嫌われてるんだよ」

「それについては、きっかけに心当たりがないわけではなく」

「何かあったんですか?」


少し迷ったようだったが、ため息をつくと暴露する。ルシファーにとって黒歴史となろう真実を。


「誰か、冷蔵庫見た?」

「いや、むしろそんなものあるんですか。初耳です」

「オレは見たぞ」


何見てるんですか、公爵。人の家の冷蔵庫を勝手に。

忍と司の心がどーでもいいところで一つになった瞬間。


「ん? そういえば……名前が書いてあったな」

「名前? まさか人間界みたく自分のプリンに名前書くとかそういうんじゃないだろ?」

「いや、オレが見たのはベルゼので」


おやつに名前が書いてあったらしい。彼は「暴食」なのでまぁわかる。


「ベルゼにとっては死活問題だからね。で、それを見たルシファーがフリーズしていて」

「……ひょっとして、悩んでた?」

「人間界では割とポピュラーな棲み分け方法でもある、と教えたら」

「真に受けたのかあいつーーーーーー!!!!!」


ダンタリオン、皆まで聞かず。普段のギャップを思ってか、大笑い。

書いたの? 書いたのか? まさか。スイーツの容器に自分の名前を。


「それは……意外と……かわいいところが……」

「シノブ、我慢しなくていいんだぞ? 笑ってやれ」


ふるふると震えながら口元を抑える忍。持ち前の発想力でもって、プリンに名前を書いてしまったルシファーの姿は容易に想像できてしまった。


「……学生寮とか、シェアハウスとか」

「悪いが、詰所の冷蔵庫でそれをやってるやつが割といる」


それは人間において十~二十代男子の発想ということでもあり(女子も場合によってはやる)。


「司くんと森ちゃんはやらないよね」

「そういうのは、人のものに手を付けるやつがいるから発生するんだろ。効果はともかく」


もっともな意見だ。必要上生まれた防衛策というと聞こえがいい。


「しかし、あいつがそれやった? 他のやつはやってないのに?」

「思ったより素直だった。まさかボクも真に受けると思ってなくて」

「知ってる? 秋葉。法律用語でアスタロトさんみたいな人を『善意の人』というんだ」

「……そりゃ悪意はないだろうけど。善意っておかしくないか」


ボランティア的な善意ではなく、この場合は「知らなかった人」という意味である。日本語って難しい。


「そう言ってもらえると有難いんだけど、プライドの高い彼にはまぁご愁傷さまとしか言いようがなく」

「教えたのお前だろうが。間違ってないけど魔界の城でそれはない」

「アットホームでいいんじゃないの?」


誰かに見つかって指摘された日には、それどころではなかったろう。ただでさえうっ憤、溜まっていたところにそれをやられたら、堪忍袋の緒が切れるという状態か。……忍は魔界に来て初めてルシファーに同情をした。


「でも他の六人はそれを知ってるそぶりは見せませんでしたが」

「知ってれば絶対騒ぐよね。バカにするよね、特にマモンあたり」

「手痛いのをもらって終わりだろうけど、きっと騒ぎにはなるだろうね。みつかったのがベルゼで居合わせたのはサタンだけだったのが幸いだった」


つまり、騒がない人たちの間で事実が発覚し、怒鳴りこんできた、というのが正しいだろうか。その話にすぐ続きがあればの話。


「本当に、生真面目なところがあるのはわかった。だから、忍の采配はあながち外れではないと思う」


ものすごく意外なところから真面目な話題に戻った。


「ともかくそういうことだから、プリン事件については触れないようにしてあげてくれる?」

「……他のスイーツじゃなくてホントにプリンなのか」

「よりにもよってプリンなのか」

「プッチンのやつだったらどうしよう。次、顔見た時、反応しない自信がない」


コーヒーゼリーだったならそこまで笑えなかったろうが、なぜ名前を書かれたものがプリンだと思うと笑えてしまうのか謎だ。

いや、謎でもないか。ふつうにあのルシファーがプリン食べてる時点でいろいろおかしい感じしかしない。


「開き直って、そっと無言でおいしいプリンでも差し入れしてみる?」

「火に油を注がないでくれ。今度あれをやられたら本当に守り切れない」


いつかやりそうで怖い。司はそう思いつつ。


「日本のスイーツは安価すぎる割に味がいいからな。よし、今度日本に戻ったら買ってきてやるか。ピンポイントだと危険だから全員分な」

「あ、オレ抹茶の何かが食べたい」

「生クリームとチョコ系のはちょっとはずしてください」

「俺はいいので森の方にアウント ステラのクッキー差し入れてください」

「それ、ボクにも」

「オレは買い出し係か」


自分で言ったくせに。

全員のそんなつっこみを肌で感じつつ、ダンタリオンが次に抜けるときは全員分のプリンとその他もろもろが差し入れられることだろう。


楽しみにしておくことにする。

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