11.「暴食」ベルゼブブ
食堂へ入ると7人の悪魔は概ね揃っていた。
忍たちが席について、アスタロトもやってくる。
「会食と言うと大げさだけれど、くつろいで食べてくれる?」
「アスタロトさん、そういえば食事って毎回ここだって聞いていますけど」
そこまで言いかけて思わず止める。
何のことはなく聞かれることを察し、答えるアスタロト。
「あぁ、うん。君たちにはこれから、彼らと一緒に食事をしてもらおうと思う」
毎日最後の晩餐みたいな感じになりそうだ。下手すると晩餐のメニューにもされかねない。
「アスタロトさんも一緒なんですよね?」
「可能な限りは同席するよ。ベルゼに君たちが食べられても困るし」
どこまで冗談なのだろう。多分冗談ではない。
ベルゼブブと紹介されたその悪魔は、暴食とは思えない長身のしなやかな体で細面。その優男風の悪魔が、少し高めの位置からほとんど無表情にじっとこちらを見ている。
あの細めの身体で暴食するであろうものは、一体どこに入るのだろうか。
「人間と仲良くお食事ってか。ありえねー」
マモンが言った。
「そうかい? ボクは悪魔として君たちより随分先輩だけれど、人間とはよく食事をしているよ」
「マジですか!」
現代の若者用語が口癖のようにマモンが答える
「近年は昔と違って人間界に観光に行ったりもできるしね。全くその気がないならともかく行ってみたいとかそういう気があるなら、少しは慣らしておくことをおすすめするよ」
悪魔の先達としてのアドバイスが効いているのか、食事はそれなりに文句もなく始まった。
始まって割とすぐに じーっと感じる視線。
「すいません、何かオレ、見られてるんですけど」
見られているのは秋葉だった。見ているのはベルゼブブ。
さすが暴食。しかし、やはり、その体のどこに入ったのか、彼に割り当てられた食事の皿はもう全て空になっている。
「ベルゼ、足りないのかい?」
複雑そうな顔で黙っているベルゼブブ。さすがにアスタロトに足りないとは言えないらしい。
「暴食って言うか大食漢みたいですね」
忍の素直な感想。
「私の食べる?」
比較的少食な忍が気を利かせたのか声をかけるとものすごく意外な感じで、ベルゼブブは頬を崩すと、取り巻く空気さえぱあぁと明るくなった。
お預けを食らっていた犬に「よし」と言ったような気分だ。
「もらう」
そして、微笑みとともにそれを平らげた頃、ネビロスが従者を従えて大量の食事をワゴンに乗せて追加してきた。
もういっそのこと毎日ビュッフェにしたらいいんじゃなかろうか。そんなラインナップだ。
「ごちそうさまでした」
何やら幸せそうなベルゼブブとは逆に、秋葉は食欲をなくしたかのようにナイフとフォークを置いている。箸ではなくここは魔界流に食器類はもちろん和風ではない。
慣れない食事作業も食事を遅らせて、食欲を失くす原因になっていそうだ。忍も食べ終わっていたので、倣ってごちそうさまで締める。
「シノブ。ありがとう」
は?
冷たい目線をされていたうちの一人からいきなりの笑顔と感謝の言葉。忍、司、秋葉の心の声が重なってその声の主を同時に見る。礼を言ってきたのはベルゼブブだ。
「私、何かお礼を言われるようなことした?」
つい、聞き返す。
「食事を分けてくれたから」
そうだね、もうなんか、みんなどうしていいのか分からない感じだったから。
つなぎくらいの気持ちで全て差し出したわけだが、割と本人にしてみると切実だったらしい。
食べ物を分け与えて礼を言われるとかどこの貧困国の礼儀正しい人だろうか。
困惑。
「お前、何ふざけたこと言ってんの?」
当然に冷遇のまなざしを向けていた大罪のメンツからはそんな切り返しも発生している。困惑しているのは、こちら側だけではないらしい。
アスタロトは面白いものでも見るようにただそれを眺めている。
「どういたしまして?」
思わず疑問形。
「お腹が減っていてずっと挨拶が出来なかったんだ。初めまして」
いやもうどれだけ時間たってるの。むしろさっき会ったばかりの半端な記憶の近さだから違和感しかない発言でもある。そして、その表情。
文字通りエネルギーが充填されたかのように急に滑舌がよくなって、表情も豊かになっている。
「この辺りの律儀さはやっぱり教育の賜物ですか」
「どうだろう。曲がりなりにも挨拶できたのはアスモとサタン、ベルゼの3人だけみたいだしね」
どこから見ていたのかアスタロトはサタンとの会話も承知済みらしい。
「挨拶? なら俺もしただろ」
とはマモン談。
「何なの、いつのまにちゃっかりみんな挨拶してるわけ? 抜け駆けとかずるいわ」
初めて声を聞いたのはレヴィアタンだ。神経質そうな線の細い面立ちをしている。眉を顰めるようにしているが、誰とも視線を合わせていない。
三人は思った。
嫉妬の属性めんどくさい。
これで声を聞いていないのはベルフェゴールだけになる。
彼はまるで周りが空気かのように誰の言葉にも反応を示さず、食事が終わるとごちそうさまと一言だけ形式的に挨拶をして去っていった。ルシファーとは違う人間嫌いっぷりを感じる。
「ところで、公爵は?」
「あぁ、そういえば来てないね」
「来てないって言うか、呼んでないんじゃ?」
そういうと、無言ながら微笑みだけが返ってきた。
ダンタリオンは一体、どこに行ってしまったのか。そんな疑問も湧いたが、敢えて追及することもなく初日の「みんな揃って」の食事は終了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます