12.夜の帳(とばり)

夜。

なんとなく忍は、秋葉と司の部屋でたむろって、今日の話をしてから就寝。

和やかともいえない殊の外 個性的な七人の悪魔と暮らすことになり、予想外にゆっくりもできずに一日が終了した感じがする。


周りを見てまわる余裕もなかった。

それでもあてがわれた部屋で一人になると、部屋くらいは静かに見ることはできる。


落ち着いた色調、調度品。それが必要かどうかはともかく、棚の上に置かれたオブジェは好みだ。ベッドは無駄に広いが、ここが大公爵の「城」であることを考えるとこれくらいは普通なのだろう。実際、秋葉たちの部屋も一般的日本人であればそこで暮らせそうなくらいに広かった。


ともかく結構時間が経っていたので寝ることにする。

ベッドに入る。


とても寝心地がよい。珍しく何も考えないで忍はすぐに眠りに落ちていった……



はずだったのだが。


コンコンコン、カチャ。


控えめなノックの音に返事を待たずにドアが開く音。


「シノブ、シノブ」


誰かが呼んでいる。さすがに寝入ったばかりで、忍はノックにも気づかなかった。


「んん?」


一番深い眠りに落ちたところを起こされて、だるさしかない。目を開けると。


「!!」

「来ちゃった」


アスモデウスの顔がすぐそばにあった。


何してるんだ――……


「近い! ていうか何事!?」

「せっかくだから一緒に寝ようと思って」


なにがせっかくなのか全く理解不能だ。冷静になってみると彼は枕を持参していた。

じんわりと腹の底に何か不快なものがわだかまる感じがするのは気のせいだろうか。


「添い寝とかなくても寝られます。というかもうすでに寝てました」

「何で敬語なの?」


そういえば、敬語じゃなかったはずだが、なぜか敬語になっていた今。言葉を正す。このヒトたちに、敬語を使うのは良くない気がする。なんとなく。

マウントポジションは絶対に取らせてはいけな……


「よいしょ、っと」

「って、乗って来るなぁ!!」


ドカァ! ベッドに上がりこむに飽きたらずいきなり覆いかぶされそうになったので思わずグーで突き返す忍。

……人間相手だったら絶対やってない。が、やはり悪魔。勢いに離れたもののけろりとしている。


「もう、容赦ないなぁ。ここは女の子だったらやっぱりドキッとしたかわいい顔で迎えて欲しいよね。それか恥ずかしそうな顔」

「そんな女は魔界には連れてこられない」


ドキッて言うか、ぞわっとしたわ。


「えー? でも大体女の子ってそんな顔してくれるよ? シノブの反応ははじめて」

「……アスモ、人間に触るのは初めてではなかったのかな?」

「魔界にも女の子いるし、人間もいるよ? 地獄行きの死んでる人だけど」


なにそれ、怖い。


「とにかく、私は寝たい。一人じゃないと寝られないから。どうしても寝られなかったらアスタロトさんに相談して」

「閣下は話は聞いてくれるけど、なんか躱されて終わりみたいな感じなんだよねー」


ベッドから降りてぐいぐいと背中押し、部屋から押し出す。


「おやすみっ!」


ばたん! わざと乱暴に扉を閉めた。アスモデウスはフレンドリーすぎて、手に負えそうにもない。本当に添い寝程度で何事もなかったとしても、あれでは抱き枕にされて一晩終わるのは目に見えている。


緊急警報装置とか何か欲しい。居座るようなら隣の部屋の司にわかるように壁に向かって枕でもなんでも投げつける所存だが……


そもそも鍵をかけるほど警戒していなかった。典型的な日本人の、初歩的判断ミスだ。


追撃の気配はないので、やれやれと鍵をかけようとして……


ガチャ。


いきなり扉の方が開いた。


「ルシファー……?」


待って。こんな夜更けに何の用ですか。

来るはずのない筆頭悪魔がやってきたことで忍は容易にその入室を許してしまった。黙って入って来て、ドアは後ろ手に閉める。


「……何か特別な用事でも?」

「先ほどアスモデウスが入るのを見た。何もされていないだろうな」


え、まさかの心配? ……あるわけない。ので、冷静に答える。


「されてない。入るのを見たなら押し出したのも見たはず」

「あぁ。だから入れ替わりで来た。何もされてないならよかった」



「人間相手だが、ものにされるのを先に越されるというのはやはりどうかと思ってな」

「そういう趣旨ではないと思う。これ以上睡眠妨害されるなら、アスタロトさんに報告するけどいいですか?」

「……」


さすが「傲慢」なだけはある。何事も一番でなければ気が済まないということなのか。しかし、まさかの展開に他に回避策も思い浮かばず、続けてアスタロトの名前を出してしまう忍。人の名前をあまり乱用したくないが、効果は抜群だった。


「そういうことなら、今日のところは退きさがろう。だが、今後は……」

「ないない、何事もない。なぜなら鍵をかけるから」


二人目を押し出す。今度は挨拶もなしにドアを閉めると同時に鍵をかけた。

このヒトたち、自分がなにやってんのかわかってるのか。


とりあえずアスモデウスとルシファーはそれぞれの意味で警戒対象に分類しておくことにした。

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