Mission1

22.千羽鶴

全員が


「千羽鶴作っておいてくれる? 明日までに」


? という巨大な疑問符をそろえて浮かべた。


意味はそれぞれだったかもしれない。ともかく、アスタロトが朝食の場で唐突にいったその指示(?)に七つの大罪、略して七罪(ななつみ)の疑問は計り知れない。


「千羽鶴って……何?」


そこからなのか。


「そうだよね、考えてみれば千羽鶴とか魔界じゃふつうないだろうし……」

「アスタロトさん、急にどうしたんですか。千羽鶴ってことはふつうに必要なのは千羽ですか」


こちらはこちらで聞きたいことがある。千羽鶴は日本では祈りを込めたものの象徴でもある。文字通り千羽の鶴をしだれるように繋げるイメージが強いが、実際は千羽あってもなくてもそれっぽければ、そう言われることが多い気がする。


「知り合いが魔界風邪で寝込んでいるらしく、見舞いに行こうと思って」


どこまで本当の話ですか。


「魔界風邪……」

「あるんだな、魔界にも風邪が……」


秋葉と司が復唱している。魔界にもそれは病気くらいはあるかもしれないが、風邪という人間界でもポピュラーな感じが言葉をものすごく軽くしている。

マモンがフォークを持ったまま、それに反応した。


「お前ら魔界バカにしてるだろ。かかると大変なんだぞ。角が変質したりしっぽが生えたり」

「マモン、それ誰に吹き込まれたんだい?」


ウソらしい。


「魔界風邪……シュールだ。よくわからないけど、お大事にとお伝えください」

「うん、それで日本好きな悪魔だからそういうのもいいかなって」


千羽鶴の話に戻った。


「日本好きってことは、それは日本のもの?」

「そうだよ。君たちには今日の課題(ミッション)だ。結構時間かかるから、三人によく作り方聞いてね」

「……オレたちですか」

「ミッションというからには仕方ないな」


ごねるかと思いきやルシファーがやれやれと首を振りつつも承諾する。ミッションじゃなくても確定事項だろうが、アスタロトの言うことにはどうやら逆らえないらしい。


「ネビロス」

「はっ」


相変わらず深夜に出くわしたらドキッとするくらいじゃ済まなそうな見た目スケルトンの腹心が、どこから出したのか色とりどりの折り紙がひとまとめになったそれをドカッとテーブルに乗せた。


「ちっさ! 何この紙切れ!」

「折り紙だよ。これを様々な形に折るのが日本の文化のひとつでもある。ある意味立体アートだね」

「鶴とかメジャーすぎてアートとは程遠いイメージですけど」

「子供用のカエルーとかピアノーとか平面的なやつよりはアートだよね」


そういうものの折り方は忘れたがそういえば遥かむかし……多分園児時代にそんなものを作ったことを思い出して忍は他にも何かあったかと記憶を引っ張り出している。


食事はつつがなく終わり、食堂の広いテーブルはそのまま作業台になった。


「じゃあ三人とも、よろしくね」


主、去る。


「よろしくされた……」

「これ、何の教育なの」

「交流事業じゃないのか?」


最終的には悟ったように司。特にすることがあるほどまだ周りのことも知らないので、とりあえず、作業には前向きだ。というか、千羽鶴って作るのにどれくらいかかるんだろう。


「人間に教わるなんて冗談じゃないよ。サタン、作り方知らないの?」

「残念ながら」


レヴィアタンとベルフェゴールは相変わらず境界線から向こうの距離が遠い。


「でも色かっわいー! ただの紙だけどこれだけ揃うとグラデーションがきれいだよね」


一方でアスモデウスはすでに境界を積極的に超えてきている感がある。というか、親密なのではなく単に


人間がターゲット


な悪魔なので、人間を狩りやすく性格形成ができているのはわからないでもない。マイペースっぷりも相まって境界自体が意味を持つのかも謎だ。


「小さすぎて折れる気がしない」

「これを何かの形にするのか?」


サタンが会話を合理的に進めてくれた。


「鶴の形に折るんだよ。折り紙としては大体そこまでだけど千羽鶴の場合はそれを縦につなげて、アートにする」

「アートな部分は否定しないんだな」

「とにかく人海戦術だから七人いて良かったよな」


と、これは秋葉。七人いれば一人百羽ちょっとのノルマで済む。一人で折るのは大変だが、手数なので同意だ。


「七人?」


神経質な呟きがルシファーから放たれた。


「十人の間違いだろう」

「……教えろとは言われたけど、課題というからには七人分では」

「千羽作ったのどーすんのかもわかんねーよ。十人いれば一人百羽! わかりすいだろ?」


だろ?ってマモン。こんな時ばかりまぶしい笑顔やめて。


「慣れてひとつ三分にしてもノンストップで300分……5時間か」

「数字にしないでくれ忍。気が遠くなる」

「私も今、自分で見える化して後悔した」


実際三分はかからないだろうが、レクチャーや休憩、折ったものをまとめるなど考えると急がないと後がどうなるかわからない事態だ。


「5時間!? 冗談じゃねー。オレ抜けるわ」

「マモン、アスタロトさんに報告するよ」

「……なんで悪魔脅してるんだよ、人間」


忍は地味に自分のノルマ消化に入っている。

十人で千羽。

一人あたり百羽。


はじめての人間と七罪の悪魔たちの共同作業が始まった。

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