23.鶴の折り方、作り方

「秋葉、折り方教えてあげてよ」

「オレ? いいけどその時間分のオレのノルマどーすんだ。オレだって折り紙なんて何年振りだか……」

「説明している間にできた分は、半分あげるから」


大体日本人なら思い出せば、もはやオート状態で手が動く。そう言いながらも忍は着々と折り紙を折っている。


「すごーい! ホントに鶴だ」

「……確かにこれはちょっとアートだな」


最初にできたものはサンプルに提供。共同作業になるとアスモの人懐こさ(?)が良心だ。サタンは普通に感心している。


「えーと、これ、最初に四角に折って」


最初の折り方は好みによるが、三角より四角の方が早いと言われている。


「こう?」

「で、ここを、こうして」

「……」


なんで悪魔って男性型ばっかりなんだろう。指先が器用そうな面子はともかく、身長に比例して器用そうだが大きめの手を持っているベルゼブブがかわいそうな感じがする。

頑張っている感は伝わってくるが、指先がぷるぷるしている。


「ベルゼ、不器用ー」

「違う。紙が小さすぎ」


日本人にとっても千羽鶴用の紙は、ふつうでない小ささだ。


「これもっと大きいサイズじゃダメなのかな?」

「相手が大きいヒトならいいかもしれないけど、このサイズで指定してくるってことはこれがベストなんでしょ?」

「そっか」


教えるのと練習だけで三十分が経過してしまっている。このままでは明日の朝までなんて到底終わらない。


「誰か、大きい紙ください」

「ネビロスさんでも呼ぶか?」

「そんな大悪魔ほいほいお使いで呼びにくいよ。大体私たちのお付きじゃなくてネビロスさんはアスタロトさん付きでは」

「だー! 無理だ、無理! こんなちっこいのちまちま折ってられっか!」


そんなことを言っているうちにマモンがブチ切れた。

そうなる前に、なんとか改善策をと思ったのに。


「大きい紙にしてどうするんだ?」

「今更だけど、大きい方が練習に向いてるかなって」

「忍、そういうことは早く言ってくれないか?」

「黙々と作業に集中してしまい。気が回らなかった、ごめん」


ひたすら黙って作業していた司と忍の手元にはそれなりの鶴が完成していた。

秋葉の教える悪魔組の完成品の出来は今一つだ。アスタロトが持っていくのであれば見舞いに組み込むにはちょっとまずい気がする。


そこで提案だ。


「ルシファーとサタン、アスモは手先が器用そうだから後半の工程にしてみたら? マモンとベルゼは最初の簡単なとこ。あとは任せる」

「なるほど、一人一羽のノルマではなく流れ作業にしようということか」

「しょーがねーな。それくらいならやるか」


珍しく感心の空気がルシファーから流れてきたが、この七人を横並びでまとめろという方が無理だろう。早く秋葉にもこちらに来てもらって三人三百羽のノルマは達成したい。


はじめて一時間後。

ようやく七人の作業が開始になった。


* * *


それから更に一時間。少しはまともに鶴の山ができ始めている。順調だ。


「ちょっと休憩。飲み物くらい飲ませろ。あ」


ガターン。グラスを倒したマモン、そのプチ津波は忍の作った鶴の山に到来してしまった。

……順調だった。つい今の今まで。


「わ、悪い」


沈黙している忍を前に、何をどう感じたのかマモンが笑顔を引きつらせながら謝っている。

忍は無言で無事な山頂付近の鶴を避難。被災した鶴をまとめて……


「マモンのノルマ」

「なんでだよ!」

「ま、当然だよね」


この作業の過酷さが身に染みてきた他の七罪(ななつみ)が呆れたようにそれを眺めている。

マモンの手元には、水災に遭った鶴の山がそのままカジノテーブルに積まれたチップのごとく、スライドして差し出されている。


「ペットボトルならこういうこともないのにな」

「司くん、魔界の不便さを語るにはスケール小さいけどすごくわかる」

「便利さって日常に寄り添っているようなものだもんな」


キャップがしまったボトルであったなら、こんなことにはならなかった。しかし、覆水盆に返らず。ひたすら作るしかない。


更に一時間経過。


「もー僕、疲れた」

「苦行だ。いつもの課業の方が遥かにマシ」

「日本人はこんなことをいつもしているのか」


いつもはしてません。


「確かに手先が器用で、職人気質。忍耐強い民族かもしれない」

「お、なんだそれ? 馬?」

「忍、お前何作ってんだ」

「ちょっと気晴らしに」


いつのまにか、鶴に紛れて馬がある。それに気づいた注意力散漫になって来た初動部隊。ベルゼだけは黙々と四つ折りの四角を量産している。意外と凝り性だ。


「これってどう作るんだ?」

「鶴の最終段階の手前から分岐するよ」

「そうなんか。知らなかった」


一番細かい作業の手前で折り方を変えると、鶴は馬になる。折り紙マジックだ。


「ちょっと教えろ!」

「駄目だ。時間がどんどん削られていく」

「なんだよ、司。口開いたかと思ったらマモン様に命令とか」

「さっき被災させた忍の鶴はもう返済できたのか?」


うっ、と言葉に詰まるマモン。さすがに三時間が経過すると、司も容赦なくなってきた。

午前の部は食事が挟まればいったん終了になる。しかし食事など挟んだら、再度エンジンがかかるのに時間がどれほど必要になることか……


今が進め時だ。


「ちょ、これどうなってんの!? 繋がってるんだけど!」

「それは連鶴と言って、羽とかくちばしで繋げてみたり、親子っぽく乗っけてみたり……職人技になると十羽以上を繋げるものもできる」

「忍はそんな細かいもの作ってる暇があるなら、ふつうの鶴が十羽くらいできただろ!」

「そうだねー。初めて作ってみたけど、時間かかったねー」


秋葉がつっこんでいるが、遠い目を始めているのであれは息抜きにしても半ば意識が飛んだ状態で作りそうなものだと司はそれを眺めている。七罪の注目が集まってしまったので、黙ってそれらを目の届かないところに回収した。


「気が済んだら、もう少し頑張れ。俺たちのノルマは午後一くらいで達成できる」

「もう!? 日本人どれだけ指先器用なの!?」


今まで話さなかったレヴィアタンもすごい勢いで驚いて思わず素の話し方になっている。ベルフェゴールは……マイペースに進んでいない。さすが「怠惰」だ。


「日本人は幼いころから鶴だけは作り方を叩きこまれているから折り始めると鶴製造機になる」

「ラジオ体操とかもそうだよな。身体が勝手に動くっていう」


教育というのはすごいものだ。この悪魔たちもいずれ魔界という名の世に出してもおかしくない存在になるのだろうか。


そしてさらに一時間が経過した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る