29.金髪優男はお気遣いの執事

アスタロトがいた部屋は、執務室だ。プライベートルームではないので、公然とした出入りがいくらかはある。

ノックののちに、入ってきたヒトがいた。


「アスタロト様、さきほどの書類ですが……」


ダレ?


側近のネビロスから書類を預かって渡したばかりの三人の頭上に疑問符。

公然とした出入りがあるとはいえ、自由に立ち入れる配下は限られているだろう。

はじめましてのそのヒトは、細身金髪、長身の美形優男(人型)だった。


「……ネビロス、どうしたんだい? 突然」

「…………。ネビロスさん―――――!!!?」


一瞬遅れて秋葉の叫び。はじめましてではなかった。

しかし、先ほど会ったネビロスは相変わらず深夜に会ったらドキッとしそうな、スケルトンなヒトだった。

実は、直視しづらいから最近まで気づかなかったのだが、真正の骸骨ではなく、化粧をされたような地の顔がそう見えていただけだった。肉はついていた。


……モノ食べたらどこから入るんだろう、という疑問は抱かずに済んでいたのだが……


「さきほどはどうも。みなさん私と会われるたびにぎくっとしているようなので、こちらでの生活に慣れるまでは人の姿を取っていた方がよろしいかと」


お気遣いの紳士がいる。でもギクッていうか、ドキッというかぎょっとするのはさすがに気づいていたらしい。特に後ろからいきなり声をかけられた時。


「ネビロスはなかなかインパクトの強い姿をしているからね。さすがに三人でもまだ慣れなかったか」

「あと一週間くらいあったら何とか」

「何失礼なこと言ってんの? もう城内で正面から見かけた時とか大丈夫だろ?」

「ふたりとも、もう少し言葉を選んでくれないか」


忍に続き、秋葉がいうそれを司が制している。仕方がないだろう。暗闇から突然出てこられた日には、何週間経っても慣れる自信はない。ホラー映画などが好きな人ならともかく、普通女子ならキャー!とか悲鳴上げそうなとこ、心拍数が跳ね上がるくらいで済んでいるのだから、許してほしい。


「すみません、私、人外のヒトは基本平気なんですけど、ネビロスさんの姿は逆に映画とかそういうので、存在が近すぎて」

「あぁ、オカルトやホラー映画ですね。恐怖を刷り込まれたんですか?」

「小さい時に見せられると割とトラウマな感じで」


オカルトって、もうこの世界自体が一昔前はオカルトの想像上の世界だったわけだが。さておき、ネビロスは冷静だし、話を聞いてくれるいいヒトだ。


「人間の姿もいいけれど、じゃあ逆に元のネビロスと触れ合ってトラウマを克服してみたらいいんじゃないかな」

「アスタロトさん、多分ネビロスさんには慣れると思うんですけど映画は怖いです」


ふつう逆だろ。と言いたい気持ちの司は声に出さない。こちらも空気を読んでいる。


「おもしろい方々ですね。どうりでアスタロト様がお気に召されるのが分かります」


ふふ、と口元に手をあてがって上品に笑う、その姿はどう見ても穏やかなる執事。……骸骨とのギャップがありすぎて逆にいろいろおかしい。


「では、しばらくはこちらで顔をお出ししますね。書類は追加がありましたので、こちらに」

「ご苦労さま」


ネビロスは机の上に数枚の書類と、その上にペーパーウェイトを乗せて去っていった。


「びっくりした」

「どう見ても人間ですね」

「ネビロスも人間歴がそれなりに長いからね。違和感はないと思うよ」


人間歴って何。違和感がありすぎて、どうしていいのかわからなかったというのが今の感想だったのだが。アスタロトがそういうのだから、みんなそっとしておく。


「しかし、なぜ悪魔のヒトっていうのはほとんど男性なのか」

「そういえばそうだな。貴族のヒトもみんな男だし」

「七十二柱には一人だけ女性だっていうヒトもいるけど、会ったことないし……」


謎社会に疑問が疑問を呼んでしまう。


「そこは解釈次第だろうね。サキュバスなんて女性のみの悪魔種もいるし、サマエル宰相は婚姻しているし、主だって伝えられる悪魔が男性型というだけで、女性型がいないわけじゃない」

「人間の男性優位時代の名残かなぁ」

「名残って言うか、魔界関係の宗教圏内はリアルタイムでそういうの存在してるだろ」


ぶっちゃけ文字通り次元が違う。そもそも霊的な高次元に存在しそうな世界なわけで、性別を真っ二つに分けようとかそれ自体も意味がなさそうだと思い至る。

ちなみにサマエル宰相の奥さんはリリス様で、すでに日本観光に来た際にお知り合いである。


「そうだよぉ。街に出てみる? かわいい女の子もいっぱいいるよ☆」

「閣下、外出許可ください!」


前触れもなく、アスモデウスとマモンが現れた。


「そうだねーアスモの相手がみさかいなく男悪魔ばっかりだったら、私、吐く」

「ぼくが吐くよ。きれいなヒトだったら歓迎だけど」


なんで真顔になってるんだよ、という秋葉の質問には「ぼくは美しいものが好きだもん」と何か腹立つ語尾をつけてアスモデウス。いい立場の悪魔がもん、とか言うな。


「そういえば、さっきすっごいきれいなヒトがこの部屋から出て言ったけど、あれダレ!?」

「……アスモ、さっきのヒト狙ってるの?」

「お近づきになりたいなー。ちょこっと横顔と後ろ姿見ただけだけど、動きもすごく洗練されてたし」

「狙ってみたら? アスモがネビロスにナンパとか、ネビロスがどんな顔をするのかボクは見てみたい」

「!!?」


アスタロト自ら、あははと笑いながら正体を明かしたので固まっているアスモデウス。まさかネビロスだとは思っていなかっただろう。忍たちだって廊下でいきなりあったら「ダレ?」となる。というか、さっきもうなった。


「あれが、ネビロス様ー!? マジで!? 何あんなカッコよくなってんの!?」

「マモン……私、悪魔のヒトの基準ってよくわからないけど、マモンの基準は大体人間の感覚と一緒なの?」

「人間産出だから、そうなんじゃないか?」


司が冷静に応えた。

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