1.はじまりは思いつき

 現代の神魔は、日本びいきだ。

 ある年に起こった天使の襲来、大量殺戮(ジェノサイド)をきっかけに、人と神と魔が共生をはじめた日本には、観光神魔やら神魔の大使がやってきて、世界が滅びそうな時にものすごい勢いで日本だけ、平常運行に戻っていった。


 そんなわけで、神魔の皆様の存在が日常に浸透しきった頃……一方通行だった魔界へも、人間が派遣されることになった。

 目的は、親睦のための人事交流。あるいは「留学」という言葉に端を発している。


「交換留学? ……魔界には学校なんてものはないから、ないだろ」


 魔界からの大使は、アスタロトと同じく公爵であるダンタリオン。彼は天使が人間界に現れた折、人間と初めに接触し現在の社会の基盤ができるきっかけになった悪魔でもある。

 彼は元々心理学や知識の書を持つと言われる……つまりは情報系の悪魔であっただけに在日云年。すっかり日本に馴染んでいる。むしろ、馴染みすぎてダレている頃合いでもある。


「あったら面白いなーと思っただけなので」


 その日も三人は揃ってダンタリオンの公邸……つまりは魔界の大使館を訪れていた。ダンタリオンが神魔側の「始めの接触者」なら、一緒にいる秋葉が人間側のそれにあたる。邂逅は本人の意思は完全に無視する形であったが。


「お前、魔界に行きたいの?」

「興味はあるな~何か、人間界にないものがたくさんありそう」

「ありそうというか、むしろないものしかないイメージしかない」


 秋葉はごく普通の一般人だった。当時、悪魔も天使も恐ろしい存在にしか見えない中で、最初にダンタリオンと会話をしてしまったことから拉致られる形で、中央政府が新設した対神魔組織「護所局」の外交部へと配属。

 無理無理無理という世界だったので、その辺りはあまり抵抗がなさそうな忍を巻き込んだ。

 忍は恐怖より好奇心が先立つタイプ。情報ターミナルに所属している。


「まぁな。オレも魔界にいるよりこっちの方がなんか居心地いいし」

「人間界に居心地のよさを覚えないでくれる? 用もないのに呼び出されて、来てみたら熱海行ってましたとか勘弁してくれよ」


 そんな感じで、日本生活を満喫している神魔の大使は結構多い。

 アスタロトは単独で何度か日本へ観光に訪れていたらしく、とある事件からこちら、ダンタリオンの大使館を拠点にしていた。


「交換留学か。面白そうだね」

「だから学校はないって言ってんだろ」

「派遣で人事交流でもいいじゃないか。君の権限なら提案可能だろう?」


 たまたま通りかかったアスタロトがその話を聞きつけて、珍しく推す。というか、アスタロト自身が割と忍と似たような遊び方が好きなので、興味の持ち方に共通項を感じないでもない秋葉と司。


「人事交流って……誰が面倒見るんだよ」

「ボクが預かってもいいよ」


 その発言にちょっと驚く。魔界の貴族はピンキリな性格だが、アスタロトは妙に人間界慣れしていて、ダンタリオンによると昔から人間界にいる時間の方が長いような気配もあったので「魔界にいる」というイメージが湧かない。


 褐色の肌に白灰の髪。シンプルな白いシャツに肩から薄手のコートを羽織ったこざっぱりした外見や、性格のせいもあるだろう。謎は多いがとにかく「魔界」という人間にありがちなドロドロしたような暗いようなイメージにはつながりにくかった。

 ちなみにダンタリオンは真逆で、黒い短髪に金の瞳。いかにも貴族のような黒・赤・金をベースとしたコートのような中世の貴族っぽい格好をしている。


「預かるって……どこで」

「ボクの家に決まってるじゃないか。他にどこが?」


 アスタロトさん家(ち)っていうか、城か何かでは。

 妙に現実じみてきた話に、思い付き発言をした忍はその言葉の軽さから、現実を想像してみる。……家とかいう規模でないのは確かだろう。


「お前がそんな親切で自分から手を挙げるなんて怪しい」

「心外だな。条件はもちろんあるよ。忍が来たいなら、という話。あとは受け入れ可能なのはここにいる二人だけだね。知らない人間は手に負えない」

「せめて責任持てないって言ってください。わかるけど」


 秋葉が思わず先につっこんでいる。手に負えないのはむしろ忍の方ではと司が付け足している。

 どういう意味だ。そんな視線を受けた司は「そのまま」という視線でもって答えている。


「それでもオレたちが人間界に遊びに来るのとは訳が違うだろ。生活形態はもちろんだが、食われたり食われたり食われたりしたらそれこそ責任持てないぞ」

「外交面子が変わると君が寂しいってことか。意外と寂しがりなんだね」

「違う。断じて違う。そうなると都合が悪いのは認める」

「都合の良し悪しで専属みたいに指名してくるのやめろ」


 魔界の大使相手の派遣は、もう秋葉が専属のようなものだった。秋葉だけではない。ここから巻き込んだ忍が書記や情報官として随行、護衛に司が入る。これが今や定番なわけで。


「忍、魔界に来てみる?」

「来てみる? って簡単に言うのもどうなんですか、アスタロトさん」

「行ってみたいです」


 秋葉がすこぶる常識的に聞き返すが、間に挟まっただけで会話が成立してしまった。

 魔界。どんな生き物がいるのだろうか。ドラゴンやら巨狼やらもふもふさせてもらえるんだろうか。

 アスタロトならその辺は抜かりはなさそうだと忍の二つ返事。この辺が、秋葉が無理だと思っても平然としていそうなので、現状に巻き込んだ理由でもある。

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