52.暴食のアイデンティティ(1)
食堂に続く廊下にて。
……ベルゼブブが黄昏(たそがれ)ていた。
「はぁ……」
窓の外をみて大きくため息をついている。そこはちょっとしたラウンジのようになっていて、半円状に空間ができている。窓の外が見える場所にはソファや給水のための色々が置かれていた。
「どうしたんだ?」
秋葉が自問にも近い抑揚で聞いてみる。それでベルゼブブは初めてこちらに気づいたように振り返る。長身で割と華奢系の美形な感じに見える色白なその頬に、生気がない。
「お腹すいたの?」
「……」
沈黙はたぶん、肯定。遅れてまたため息とともに返答があった。
「夕飯までまだ時間があるだろう? ……もたない」
「空腹で力が出ない悪魔って大丈夫なの? ベルゼって食べるだけでめっちゃ強くなりそうだけど」
秋葉の半ツッコミターン。悪意は全くないので同意である。
「コスパが悪すぎる。なんでそんなに極端なんだ」
「はい、とりあえず水」
戦闘訓練を受けている司も食事の大切さは重々理解しているが……このアクマの場合はもはや内容ではなく量の問題である。忍が空腹を紛らわすために飲み物を渡した。
「ありがとう……そういえばシノブはすごく少食だな。初めて一緒に食事をした時も、私に食事を分けてくれた」
「うんまぁ……少食というか」
若干哀れに見えたからと、何か食欲失くなってきていたので回した程度なのだが。素直に感謝する「七つの大罪」……大悪魔をオリジナルに持つ存在に違和感。
「どうしてそんなに少食で普通に動けるんだ? 何かコツがあるのか?」
「食事量減らしたいの?」
「……減らしたくない。けど動けなくなるほど極端なのは困る」
そうだね、魔界有事の際にそんなことがあったら情けないことこの上ない。聞いてみたら割と切実な悩みだった。
「食事を控えても動けるコツ……」
ダイエットしてる人みたいだな。三人は同時に思ったが、思いやりで口には出さない。
「よく噛んで食べる、とか?」
「時間を決めて食べる」
「食べることに時間をかける」
「……」
三者三様で提案しつつも、ベルゼブブ当人の沈黙で思う。
よく噛んではいる。時間は……それができたら苦労はすまい。もはや「暴食」の二つ名をもつ彼にとって食べるという行為そのものが日常である。
ダイエットしたいと言いつつストレス食いに走りまくる女性のごとく。
「ベルゼは『暴食』だよな? コツって言うかそれ、仕方ないんじゃないの?」
「しかし、食べている時間があれば他のこともできるのでは、と他の六人を見ていて思う」
そうだね、ひたすら食べ続けるとかある意味、苦行だよね。
本人は食べるのが好きでも何か思うところはやはりあるらしい。
「どうしよう。すっごい深刻な悩みだ」
言った瞬間、ベルゼブブのお腹が鳴った。
グー、なんてかわいらしいものはない。ゴゴゴゴゴ、みたいな音になっている。
もはや聞き慣れていたのでつっこみどころもないのだが。改めて、悩みを聞いて思った。
「確かにね。お腹すくとお腹鳴るしね。それ偉い人と会議の時とかものすごくまずい気はするよ」
「……そうだな、もう仕様だと思って気にしないようにしていたが、ここを出たらそれぞれ大悪魔のところに行くんだったな」
「あぁ、私の場合はベルゼビュート様のところだ」
それを考えるとここは比較的、ゆるゆるの扱いなのだ。アスタロトはベルゼブブの生体反応をうるさいなどと言ったことはない。
が、よく考えると言われない方がおかしい事態でもあるわけで。
「……」
消沈。
「私思うんだけど、ベルゼに限らず七つの大罪って二つ名に振り回されてるヒト多くない?」
忍は悩みに向き合うという意味で、素直に意見を述べた。ベルゼブブは比較的穏やかな性格に見えるので、問題はなさそうだ。
ちゃんと顔を上げて聞く体勢なのが伺える。
「本来ならベルゼは『暴食』、こういう二つ名を支配する側にあるんじゃないかな」
「すっごい原点回帰だな」
「しかし言われれば真理だ」
傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰。
これらは人間界ではもう旧版の制定事項であるが、改定されたなんて知らない人も多いだろうし、日本でも元々割と有名な二字熟語でもある。
しかしこれらは人間にとっての「七つの大罪」であり、悪魔はそそのかす側、あるいは象徴なのはわかりきっているわけで。
「じゃあコントロールできるだろうし、そうなればいいってこと?」
「その辺は私にはわからない。けど、マモンなんて振り回されまくってギャンブル依存症になりかねない感じに見えるし」
「アレとはちょっと並べて欲しくない」
わかる。本能のままに生きている人間そのものにも見える。憎めはしない性格だが、高位になる予定の悪魔がそれでいいのかとは問いたい。
「ベルゼみたいな疑問すら抱いていないしな」
今頃くしゃみでもしていることだろう。
「基礎教育、ってどこまでなのかよくわからないけど、最終的にはそこはコントロールできるようになれた方がいいのでは?」
「さすが忍だね。わざわざ人間界から招いた甲斐があるよ」
「!」
ふいに。背後からかけられた声に振り向く。すぐ後ろにあるソファの肘掛けに左ひじを預けて、アスタロトがくつろぐような姿でこちらを眺めていた。
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