第1話


 窓側の席から見える、隣校舎。


 一般クラスの生徒は絶対に立ち入ることの出来ない、在籍している芸能科の生徒だけが踏み入ることの出来る領域だ。


 「南ちゃん見えないかなあー」


 中学からの友人である如月きさらぎ美井みいが、窓から身を乗り出して必死に目を細めている。


 先週から着始めたブラウンカラーを基調にしたチェック柄のスカートとセーラー服も、すっかり着こなしてしまっていた。


 ここ、桜川さくらがわ学園の制服は可愛いと有名で、これを着たくて入学する女子生徒が後を経たないのだ。

 

 七瀬ななせさくも秘かに憧れており、初めて制服に腕を通したときの感動は今でも忘れない。


 今は入学した手の4月なため、付属アイテムであるホワイトカラーのニットは着られないが、既に楽しみで仕方ないのだ。


 「危ないからやめなって。そもそも、そのなんとか南ちゃんって人気なんでしょ?どうせ仕事で学校に来てないわよ」


 推しメンの姿を捉えようと必死になっている美井に釘を刺したのは、高校から仲良くなった桃宮ももみやリリ奈だ。


 愛らしいルックスとは裏腹に毒舌で、悪気なく核心的部分を突いてくる彼女は、良くも悪くも裏表がない。


 その素直さが、咲は一緒にいて心地よいのだ。


 「夢のないこと言わないでよ。でも同じ学校に通えてるだけ、本当にラッキーだよね」

 「関わりないからラッキーも何もないでしょ」

 「ほんとリリ奈可愛くない。咲もなんとか言ってやってよ」


 美井に助けを求められるが、これに関してはリリ奈の意見に賛成だ。


 桜川学園は、昨年まで桜木学園という名称だった。


 共学で全寮制な桜木学園が、とある学校と合併をすることが決まったのが一年前。


 莫大な敷地面積を誇っていた桜木学園内には、あっという間に新しい校舎と寮が建てられ、本年度より桜川学園として生まれ変わったのだ。


 そして併合をした学校が、芸能科として有名な戸川高校だったのである。


 「南ちゃんもこの制服着てるんだよね…絶対可愛いよ。一回でいいから見てみたいなあ」

 

 モデルから女優のたまご。そして人気アイドルと幅広く戸川高校には在学している。


 美井が応援しているアイドルの五十鈴南も同じく在校生で、入学してこの方何度も「南ちゃん」と胸を高鳴らせているのだ。


 しかし、入学してまだ1週間しか経っていないが、今のところ芸能科の生徒とは一度も会ったことはない。


 「なんで校舎別なのかなあ……」


 校舎はもちろん寮さえも別館な芸能科の生徒と普通科の生徒は、生活圏内が被ることが殆どないのだ。


 互いの校舎に入ることは禁止されていないが、緊急事態以外は立ち入らないようにと担任から口煩く言われている。


 そもそも、芸能科の生徒は仕事をしているため、学び舎にいることすら少ないのだ。


 つまり、普通科の生徒からすれば芸能科の生徒は雲の上の存在で、遠くからその姿を見られるだけでもラッキーなのである。


 「あのルナも、うちの高校なんでしょ?」

 「らしいね。やっぱり半端なく美人なのかな」

 「クラスの男子が車から降りるところ見たらしいんだけど、可愛すぎて熱出たらしい」


 半ば信じがたい話に思わず笑ってしまう。

 

 ルナは、日本が誇るスーパーモデルと謳われている。


 本当に同い年なのかと疑ってしまう程、飛び抜けたルックスと大人っぽさを兼ね備えているのだ。


 「私たちとは、違う世界の人間だよね」


 達観したリリ奈の言葉に、深く頷く。

 一般人とかけ離れたルックスはまさに神から与えられた物で、咲と彼女では住む世界が違うのだ。


 金輪際、一生関わることのない人。

 数年後、初対面の相手に「あのルナと同じ高校だったんですよ」と自慢話に使う程度の関係。


 この時の咲は、完全にそう決めつけていたのだ。

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