第19話


 熱中するあまり、徹夜をして絵を描き続けたのは一体いつぶりだろう。


 高校受験の時も、不規則な生活にならないように夜更かしをしてまで描いたことはない。


 あの子のことを考えると、アイデアが沢山沸き起こって、描きたいものが溢れてくる。


 ルナの絵を、心の底から楽しんで描くことが出来るのだ。


 うちの学校の制服を着て、星を眺めるルナの全体像。


 天体観測がテーマなため、暗い色を中心に彩っていく。


 星座も幾つか散りばめて、一目で天体観測のポスターだと分かるようにした。


 「出来た…?」


 時計を見れば深夜の1時。

 2時間も掛からずに描き終わって、拍子抜けしてしまう。


 こんなに早く書き上げてよかったのだろうか。


 だけど、一つも手は抜いていない。


 しっくりと、納得のいく結果に辿り着けたのだ。


 「あんなに描けなかったのに…」


 ルナを描いただけであっさりと完成してしまった。

 暗闇にいるルナのイラストに、そっと手を這わす。


 「……ルナは、どう思うかな」


 その言葉に、なぜかジワジワと恥ずかしさが込み上げてくる。

 絵の感想のことだというのに、なぜこんなに戸惑っているのだろう。


 絵を描く時以外でも。

 彼女のことを考えると、何処かキラキラとした感情が心に流れ込んでくると知れば、あの子はどんな顔をするのだろう。


 



 下校時刻はとうに過ぎて、普段であれば人のいないはずのグラウンド。

 夜空の下には、珍しく多くの生徒で賑わいを見せていた。


 同級生から上級生まで、皆咲が描いたポスターを見て、集まってくれたのだ。


 咲も、仲の良い友人ら二人と共に参加をしていた。


 レジャーシートを持ち寄って、リリ奈の持ってきてくれたお菓子を3人で頬張っていれば、咲にポスターを依頼した天文部の生徒が声を掛けてくる。


 「七瀬さん、ありがとね。あのポスター見て来てくれた生徒沢山いるんだよ。去年の倍以上いるって先輩たちも嬉しそうでさ」


 彼の言う通り、辺りには多くの生徒で溢れている。


 天文部の顧問以外にも、他の部活の顧問たちも監視がてら参加しているようだった。


 「ゆっくりしていってね」


 天文部として、色々と手伝いがまだまだ残っているらしい。

 足早に去っていく男子生徒の背中を見送った後、引き続き星座鑑賞を勤しんでいた。


 「晴れてよかったね」

 「ね、お菓子も沢山食べれるし」


 相変わらず、美井は花より団子らしい。

 先ほどからリリ奈が持ってきたお菓子を美味しそうに頬張っているのだ。


 「芸能科の生徒も参加してるらしいよ」

 「そうなの?」

 「うん!さっき見たってクラスの子が言ってた」


 この暗さであれば、芸能科の生徒がいたとしてもよく見なければ分からないだろう。


 しかし、滅多にお目にかかれない芸能科の生徒に美井はすっかり胸を弾ませているようだった。

 きっとまた、五十鈴南に想いを馳せているのだ。


 星がキラキラと瞬く夜空を眺めながら、咲はぽつりと気になっていたことを口にした。


 「あのさ、二人とも…私に何か聞きたいことってあったりする?」

 「え…」

 「なければ、いいんだけど……」

  

 脈絡のない質問に、2人は驚いたように顔を見合わせていた。


 困ったように眉間を寄せた後、リリ奈が意を決したように口を開く。


 「…咲って昔、テレビ出てたりした?」

 「ちょっとリリ奈」

 「美井も気になるって言ってたじゃない」


 やっぱり、知っていて黙ってくれていたのだ。


 高校からの友人であるリリ奈にすら気づかれていたということは、クラスメイトに他にも察している人はいるのかもしれない。


 中学の頃から、咲の過去を気づいた人は沢山いただろうに、皆そっとしておいてくれたのだ。


 「うん、出てたよ」


 今までは、バレるのが怖かった。

 逃げ出した元子役だと、周囲の人にバレるのが。


 だけどそれも、構わないような気がしてしまう。

 酷くちっぽけなことに囚われていたのだと、今なら思えてしまう。


 ずっと、見えない何かに怯えて怖がり続けていたのだ。


 「黙っててごめんね」

 「やっぱり…」

 「あんた飛び抜けて可愛いもん、胸小さいけど」


 揶揄うようなリリ奈に対して軽く小突けば、楽しそうに笑みを返される。


 真実を知っても、普段と変わらない様子。

 普通の女子高生として、接してくれることにホッとしてしまっていた。


 それほど気負いすぎる必要もなかったのだ。

 ようやく、少しだけ肩の荷を下すことができていた。

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