第20話
グラウンドを出て、咲は一人で自動販売機へとやってきていた。
外で運動をする部活生用に設置されたもので、体育館側の通路の一角まで足を運んできたのだ。
お菓子を食べるあまり喉が乾いたと美井が言い出して、3人でじゃんけんをした結果一人負けした咲が買いに来るはめになっていた。
リリ奈はアイスコーヒーで、美井は炭酸飲料。
咲は悩んだ末に、リンゴジュースを購入していた。
いつもだったら豆乳を買うところだけど、たまには違うものもいいかもしれない。
そこまで、真面目に、律儀に生きる必要もない気がしたのだ。
ペットボトルを3つ抱えながら元いた場所へ戻ろうと角を曲がれば、突如背後から誰かに腕を掴まれた。
「……ッ」
「静かに」
声にならない悲鳴をあげそうになれば、黒いパーカーを着て、マスクを付けた女性に口元を抑えられる。
これほどスタイルの良い女性は、この学園では一人しかいない。
「びっくりした?」
「心臓に悪いからやめてよ、もう」
本当に怖くて仕方なかったのだ。
軽く怒っても、最初から驚かせるつもりだったのか、ルナは楽しそうに笑っている。
「仕事丁度終わってさ。偶然見かけたからびっくりした」
「天体観測、今日だから…」
「ポスター見たよ?あれ、わたしだよね」
頷けば、普段に増して嬉しそうに顔を綻ばせている。
散々海外ブランドや化粧品のモデルを務めているというのに、高校生が描いたポスターのモデルに選ばれても喜んでしまう。
そんな謙虚さも、ルナの魅力なのだ。
「私も参加しよっかな」
「ルナが来たら大騒ぎになるよ?」
「じゃあ、ここで咲と二人でみようっと」
手を引かれて、非常階段前の段差に二人で並んで腰を掛ける。
グラウンドに集まっているため、辺りには人はおらず静けさが漂っていた。
少し狭いけれど、よく夜空が見える。
心の中で二人に謝りながら、咲はルナと二人きりの天体観測を楽しんでしまっていた。
「ポスター本当に良かったよ。勝手に剥がして一枚もらっちゃった」
「なにしてんの…!言ったらあげたのに」
そんなやんちゃな一面があるなんて、誰も思いやしないだろう。
本当に、こういうところは子供っぽい女の子だ。
「今日もお仕事?」
「うん、人気者だからひっぱりだこなんだよ」
サラリと言ってのけるから、それが嫌味にも聞こえない。
人気者なのも事実だというのに、鼻にかけることもなく、得意げな様子もない。
ただ、嬉しそうに報告してくるから、その様子が可愛いと思ってしまうのだ。
「ルナは、これからもモデルとしてやっていくの?」
「そのつもりだよ。演技無理だし。私これでも元子役なんだよ?下手すぎて一回も仕事こなかったけど」
完全なる顔採用だったからさ、とルナはあっさりと言いのけてしまった。
大人気なモデルなのだから、わざわざ言う必要もないだろうに、正直に話してしまうのが彼女らしい。
「ブランドのキッズモデルとして採用されてからは、あとはまあとんとん拍子だったんだけど…今は、世界狙ってるよ。世界中の人が私の名前知ってるくらい、有名になりたい」
「ルナなら、本当になれそう」
16歳でこの知名度なのだから、大人になる頃には本当に世界的モデルになっていてもおかしくない。
以前パリコレに行きたいと言っていたが、彼女であれば本当に叶えてしまいそうな気がした。
「咲は、将来の夢とかあるの?」
「……笑わない?」
「人の夢笑わないよ」
恥ずかしさを堪えながら、咲も正直に言葉を紡いだ。
ずっと恥ずかしくて、誰にも話したことがない咲の夢。
幼い頃から、漠然的に抱いている憧れる未来。
「画家になって、好きな人の側にいたい。その人の隣で、ずっと絵描いて生きていきたいの」
その好きな人が誰なのかは、まだ分からない。
だけど幼い頃から、そんな夢を抱いているのだ。
「いま、初めて咲のこと芸術家っぽいって思ったかも」
「なにそれ」
「咲ならなれるよ。この世界的モデルになる予定のルナが認めた画家だからね」
笑わずに、それすらも肯定してくれる。
ルナがそう言ってくれるだけで、自分の夢にも自信が持ててしまうから不思議だ。
「わたしたち、伸びしろしかないね」
「……だね」
まだ16歳と取るのか。
もう16歳と取るのか。
自由に選んでいいのであれば、前者を選択した方がワクワクするだろう。
「あのポスター、スラスラと描けたんだけど…ちょっと私的に満足してないの」
「なんで、あんなに上手いのに」
「私のルナのイメージは、暗闇じゃないから。イエローとか、エメラルドグリーンとか、そういうキラキラした明るい色で描きたかった」
シンと、場が静寂に包まれる。
いつものように、ルナから即座に返事が返ってこないのだ。
不思議に思って彼女の方を向けば、頬を軽く掴まれて、そのまま唇に彼女のものが触れる。
ふわっとしたそれはすぐに離れたが、未だ至近距離に彼女の綺麗な顔があって。
天才肌で、綺麗なモデルの女の子。
やはり、彼女が何を考えているのかちっとも分からない。
恥ずかしさから、ろくにルナの顔を見れずにいれば、彼女の耳が赤く色づいていることに気づいた。
咲だって、自身の体を熱らせてしまっている自信がある。
「なんで、キスしたんだろ」
そう言って、ルナが不思議そうに首を傾げる。
それはこちらのセリフだと言ってやりたいのに、初めてのキスに戸惑っている咲にそんな余裕があるはずなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます