第21話


 先生たちが集まる職員室に入る時、どうしてこうも緊張してしまうのだろう。


 大人たちがいる空間に、場違いのような感覚に襲われるのだ。


 別に悪いことは何もしていないというのに、ここにいて良いのかと戸惑ってしまう。


 だからこそ、昼休みに美術教師に呼び出されて、咲は先ほどから居心地の悪さを感じてしまっていた。


 「天文部のチラシ描いたの、七瀬さんであってる?」

 「はい」

 「凄く上手だから、他にもコンテストとか受けてみない?」


 数枚渡された用紙は、どれも近々行われるコンテストのチラシだった。

 高校生限定のものから、年齢制限がないものまで。


 締め切りもバラバラで、テーマもコンテストによって異なってくる。


 「もしやる気があるなら、今から予備校に通い始めるのもありだと思う。才能あるし、美大に行く選択肢も、七瀬さんならあるわよ」


 それから一言二言会話をして、頭を下げてから職員室を後にする。


 教室に戻るまでの間、渡されたチラシをジッと眺めていた。


 「…美大、か」


 中学の頃は、漠然的に芸術科のある高校へ通い、卒業後は美大に通う未来を信じてた。


 今もそれを失ったわけではないが、ルナの絵でなければ描けない咲が目指せるのだろうかと、少し不安になってしまう。

 

 教室に戻れば、先にお昼ご飯を食べているリリ奈と美井の姿があった。


 「おかえり」

 「咲、助けて。美井がずっとなんとか南の写真見せてくる」

 「昨日の新MVが死ぬほど可愛かったの!」


 賑やかに言い合いをしている二人を見て苦笑いを浮かべてしまう。


 本当にこの二人はいつもくだらないことで盛り上がっているのだ。

 

 近くから椅子を持って来て、彼女たちのそばに座り込めば、リリ奈は興味深そうにコンテストのチラシを見つめていた。


 「なにそれ?」

 「美術の先生が、興味あるなら応募したらどうだって」

 「咲、本当に絵上手だったもんね。びっくりした」


 天文部のポスターが貼り出されて以来、仲の良い友達から今まで喋ったことがない生徒まで。


 色んな人に、咲の絵を褒めてもらえているのだ。


 「あの絵のモデルって、ルナ?」

 「やっぱりわかった…?」

 「なんとなく…髪の毛の雰囲気とか、結構にてたから」


 あれではまるで、学校中にルナのファンだと公言しているようなものだ。


 今更ながらに、ジワジワと恥ずかしさが込み上げる。


 一見、側から見たら2人の接点なんてないのだから、普通科の生徒が芸能科の生徒を一方的に慕っていると思われてしまっているのだろうか。


 そっと、自身の唇に指を這わせる。

 あれからもう3日も経ったというのに、相変わらずそこは彼女の感触を覚えていた。


 一瞬だけ触れた、2人の唇。あのキスの意味は、結局分からずじまいでいるのだ。



 満月が照らす夜空の下。

 非常階段前で交わされたキスの後、薄暗い中でもルナの耳が赤くなっているのは見てとれたのだ。


 「なんで、キスしたんだろ」


 あっけに取られる咲とは裏腹に、あの子はいつも通りケロッとした表情で不思議そうにしていた。


 だけど、肌を薄らとピンク色に染め上げていたため、恥じらっていたのは確かだろう。


 何故キスをしてきたのか、本人すらもその理由を分かっていなかったのだ。


 「なんか、したくなって」

 「だからって普通口にしないよ」

 「なんでだろ…なんか、胸がグワって…キスしたいって思ったの」

 「なにそれ」

 「よくわかんないよ」


 頭を抱えて、ルナ自身戸惑っている様子だった。


 同級生の同性の女の子に、普通キスなんてしない。ほっぺたならともかく、唇にしてしまえばそれは友情の域を超えてしまうのだ。


 「何でだと思う?」

 「知らないよ」


 本人が分からないのに、咲に聞いてどうしろというのだ。


 咲だって、初めてのキスに酷く心は掻き乱されて、平常心を保つのがやっとだった。


 綺麗なモデルとキスをして、驚いたのではない。

 普段から可愛いと思っているあの子とキスをして、ちっとも嫌だと思っていない自分に、酷く戸惑っていたのだ。

 


 



 

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