第47話
また来ると言った宣言通りに、神崎はあれから2日後に再びマンスリーマンションへ訪れていた。
やって来るのを今か今かと待ち侘びていた沙仁は、快く彼を招き入れている。
ソファに腰を掛けている彼女の手には、あの日渡された義肢メーカーのパンフレットが握られている。
メーカーの特徴を知ろうと何度も読み込んだため、皺が出来てしまっていた。それくらい、沙仁がこの仕事に対して真剣な証だ。
「決めたよ」
「え……」
「受けるよ。義肢メーカーのモデル」
感極まったように神崎は自身の目元を押さえていた。
しかしそれは一瞬で、すぐに嬉しそうに口角を上げている。
「じゃあ、今すぐ事務所に戻りましょう!」
「今すぐは無理。準備とかあるし」
「あ、そっか…すみません」
「神崎さんって、なんでそんなに私のために必死になってくれるの」
「自分、ルナさんのファンだったんです!担当を任された時おどろいたけど、絶対にここで終わって欲しくなくて…」
それは、本人が一番思っていることだろう。
ここまでのし上がってきたのだから、終わるつもりなんてさらさらない。
それくらい人生を賭けてきた彼女だから、あそこまで登り詰めることが出来たのだ。
「けど、一つ条件があるの」
「なんでしょう」
「もう一度モデルをするなら…今度こそ本当の自分でいたい。沙仁の姿で、モデルをしたい」
その言葉の意味を察したのか、神崎は力強く頷いていた。
以前のルナのイメージは捨てること。
新たな沙仁の魅力で頑張っていきたいこと。
路線を変えて、受け入れられる確証なんてどこにもない。
今まではクールで独特な世界観を持つルナとして、人々から支持を得ていたのだ。
それを捨てでも、自分の魅力で勝負したいという沙仁の覚悟を、彼もよく分かっているようだった。
「あの事務所乗っ取る勢いで、頑張るよ」
「ええ…!?」
「その時は神崎さんを副社長に付けてあげるから。咲はアーティスト兼私の秘書ね」
まさかそこまで話が飛躍するとは思わなかったのか、神崎は困ったようにオロオロとしてしまっている。
相変わらず、自由奔放で、自由人で、天才肌。
だからこそ、周囲の人は彼女から目を離せない。
外見だけじゃなく、内面までも、とても魅力的な女性なのだから。
引越しの準備といっても、二人ともそこまで荷物はないため、1日もあれば終わってしまう。
食器やタオルなどの生活用品は、勿体無いけれど捨てて行ってしまおう。
また、向こうに戻った際に買えばいい。
最終日、沙仁はお世話になった食堂へ顔を出していた。
雇用契約は結んでいないらしく、本当にお手伝いという形で働いていたらしい。
その間に、梱包材に包まれたキャンバスを二つ持って郵便局へやって来ていた。
「伝票2枚でいい?」
「はい、ありがとうございます」
貰った伝票の宛名には、それぞれ別の住所を書いていた。
一つは、自宅宛だ。
まだ描き終えていない沙仁の絵で、戻ってからまた続きを描くつもりだ。
二つ目は、伊豆大島にいる間に描いた絵画だ。
こちらはインターネットで見つけたコンテスト宛だった。
そこそこ名のある賞で、もし受賞すればそれなりに名前に箔がつく。
せっかくだから応募しようと思ったのだ。
ダメだったとしても、また描けばいい。
それを繰り返していくうちに、きっと貴重な何かと巡り会える日が来るのだ。
キャンバスはサイズが大きいことに加えて、離島ということもあって、送料がかなり高い。
地味に痛い出費だ。
戻ったら、またアルバイトでも始めようかと考えながら郵便局を出れば、そこには彼女の姿があった。
「咲、お待たせ」
「私もちょうど終わった所だから」
「じゃあ、行こうか」
帰りのジェット船に乗り込んで、指定された席に二人で並んで腰をかける。
大型の船とは違い外には出られない仕様になっているため、窓から遠ざかる伊豆大島を見つめていた。
「なんか、長い夏休みみたいだったね」
「人生長いもん。たまには休まなきゃ」
「……そうだね」
ずっとモデルとして休みのない生活で。
肩の力を抜けなかったのは、彼女も一緒だったのだ。
咲と同じように、沙仁も息抜きの方法を知らなかった。
しっかりと一度、休まなきゃいけなかったのだ。
だから、これは決して遠回りではない。
沙仁が沙仁であるため、全て必要なことだったのだと、彼女の手を握りながら考えていた。
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