第28話


 以前、美術教師に渡された近々開催されるコンテストの応募チラシ。


 対象者は学生から30歳までと若く、提出方法も画像データでいいため気軽に応募を出来る。

 

 また、ダメかも知れない。

 落ちてしまうかもしれないけれど、それでも良いと思える。


 落選することは失敗ではない。

 それもまた、何か糧になるのだと今なら分かるのだ。


 自分の部屋で、咲はコンテストに応募するため、絵の下書きをしていた。

 締め切りはまだ先だが、早めに準備に取り掛かった方が余裕を持てる。


 締め切り間近に慌てるのは、咲の性格上良くないのは自分でよく分かっていた。


 賞を取りたいというよりは、自分の腕試しは勿論、何か目標に向かって描きたいと思ったのだ。


 漠然と趣味の絵を描いて、美術予備校で学ぶのとは別に、また別の目標を立てれば、俄然やる気がみなぎるような気がした。


 ひたすら机に向かっていれば、部屋の扉が開く音が聞こえて振り返る。

 

 そこには、リンゴジュースの缶を二つ持ったルナの姿があった。


 「やっぱり私、咲の絵好きだなあ」

 「ルナ…」

 「大人になったら、咲の個展に私いくからね。ファン1号として」


 下絵を覗き込みながら、そんなことを言う彼女に、そっと笑みを向ける。


 この子と出会えなかったら、咲は今もずっとがんじがらめになって動けない状態が続いていただろう。


 ルナが、少しずつ咲の中にある蟠りを解いてくれたのだ。


 「うん、楽しみにしてて」


 国内で難関と言われる美大受験と、芸能界を両立できるわけがない。


 どちらかと迫られたとすれば、もう答えは決まっている。


 ルナのために、再び描けるようになった。

 咲の絵を好きだと言ってくれるこの子のために、咲は描き続けたいのだ。


 昨日もらった、カバンの奥底にある名刺に書かれた連絡先に、連絡することはなさそうだ。


 「この絵っていつ締め切りなの?」

 「2ヶ月後だよ。結果はさらに先だし…全部分かるのは半年後かな。その頃にはもう、ルナはいないかな…」


 その頃になれば、当然工事も完了しているだろう。

 芸能科の生徒は一人部屋が与えられているのだから、わざわざ狭い部屋で同居生活をする必要なんてどこにもない。


 いつか、離れ離れになる。

 分かりきっていることにひっそりと胸を痛めていれば、ルナはスマートフォンの画面をこちらに向けてきた。


 「…連絡先」

 「え…?」

 「連絡先教えてよ」


 これだけ一緒にいるのに、二人は互いの連絡先も知らなかったのだ。


 交換して、良いのだろうか。

 本当の名前すら知ることを恐れた咲が、それを知ってしまっていいのだろうかと悩んでいれば、ルナはそばにあった咲のスマートフォンを勝手に奪って行ってしまった。


 ぼんやりと、自分のスマートフォンが好き勝手に操作されるのを眺めていた。

 わざと止めなかった自分が、酷く狡いと思いながら。


 「これで離れてても咲と連絡できるね」

 「……あんまり連絡してこないでね」

 「ひど!」


 どうせ、ルナの方から忙しくて連絡が疎遠になるのだ。

 そこに悪気がないからこそ、尚更残酷だ。


 返されたスマートフォンの画面には、SNSの新しい友達欄にルナの名前が表示されていた。


 友人リストに一人追加された。

 ただそれだけのことが、彼女が相手であれば酷く特別なことのように思えてしまう。


 まるで宝物を眺めるように、ジッとアカウントを見つめてしまっていた。


 たとえ連絡が来なかったとしても、このアカウントを見るたびに、咲は彼女のことを思い出すのだろう。





 

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