第38話
何度電話やメッセージを送っても、沙仁からの返事がない日々が続いていた。
共通の友人もいない二人には、お互いからの連絡が途切れてしまえばどうすることもできない。
あれ以来新しい情報がテレビで流れることもなく、いま沙仁がどういう状態なのか、何も分からないのだ。
心配で堪らず、何をするにも手が付かない。
朝と昼と晩。
決まってあの子にメッセージを入れても、一向に既読の文字が付く気配すらないのだ。
「沙仁……」
ベッドの上で、スマートフォンをギュッと握り締める。
生きているのかどうか、それすら何も分からないのだ。
学校へ行っても心配で授業に集中出来ず、アルバイト先ではあまりに失敗を繰り返すせいで、オーナー夫妻を酷く心配させてしまった。
辛いことがあったなら暫く休んでも良い、という言葉に甘えて、しばらくの間アルバイトをお休みすることになったのだ。
学科の友人に誘われても、当然遊ぶ気になんてなれるはずがない。
アルバイトもお休みさせてもらっているため、この1週間は学校と家を行き来するだけの日々を送っていた。
こんなに1週間というのは長いものだっただろうか。
結局あれからテレビで『ルナ』の容態には一度も触れられていないまま、当然あの子から咲に連絡が来ることもない。
生きているのかどうか、せめてそれだけでも知りたかった。
食事も喉を通らず、ウォーターインゼリーを飲みながら自室のアトリエで課題をこなす。
肩も凝り始め、そろそろ辞めようかと考えていれば、スマートフォンに一本の電話が入った。
画面を見やれば、心配で堪らなかった彼女の名前が表示されていて。
「……ッ」
筆を放って、慌てて引っ掴む。
すぐに通話ボタンを押して、声を荒げた。
「沙仁…!?」
『もしもし〜』
こちらの心配をよそに、いつも通り明るい声色。
最後に会話した時と、何も変わらない様子だった。
「ねえ大丈夫なの?意識不明って…」
『生きてるよ。命に別状はないって。昨日やっと目覚めたんだよ』
「そっか…」
『ごめんね』
心配をかけた事に対して謝っているのだろう。
確かに酷く心配したけれど、無事ならそれで構わないのだ。
別に良いよ、と返事をするより早く、彼女の不可解な言葉が電話口から聞こえてきた。
『スーパーモデルになって、迎えに行けないや』
「え……?」
そのまま、一方的に電話は途切れる。
一体、どういう意味なのか。
慌ててかけ直しても、繋がらない。
メッセージを送っても、既読が付く気配はなかった。
不穏な色が、心に流れ込み始める。
酷く嫌な予感に襲われて、何か良くない事が起きているような気がしてならなかった。
あの電話以降、沙仁と再び音信不通状態が続いていた。
一体なぜなのか、連絡が取れないのだから分かるはずもない。
更に3日が経過した、ある日の朝。
残り物である炊き込みご飯をおにぎりして、インスタントのお味噌汁を飲みながら朝のニュース番組を眺めていた。
スポーツコーナーが終わり、話題は芸能ニュース。
キャスターが紡ぎ出す言葉に、咲はようやく彼女の本心に触れたような気がした。
『モデルのルナさんですが、無事に意識を取り戻したそうです。ただ、事故の際に大怪我を負い、左足を切除したと、先日所属する事務所より発表がありました』
信じられずに、目を見開く
左足を失った。
それが、沙仁にとってどういうことか。
『ルナさんは、オーディションへ向かうまでの間に事故に巻き込まれ……』
そこからのアナウンサーの言葉はよく覚えていない。
慌てて事務所のホームページを開けば、きちんと声明文が掲載されていた。
事務所は引き続き所属をするが、本人の申し出により、暫くの間活動を休止することになった、と。
連絡を入れても、やはり返事はない。
「……いま、どこにいるの」
恋人なのに、沙仁がどこへ行ったのかもわからない。
大切で、大好きな相手は完全に行方知らずになってしまったのだ。
命と引き換えに、彼女にとって同じくらい大切な物を失って。
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