第39話


 沙仁の行方がわからないまま、どんどん月日だけが経過していく。


 その間にコンテストにも幾つか出したけど、全て芽が出ず仕舞いだ。


 こんなに不安定な気持ちで描いた絵が、誰かの心を動かすはずもない。


 一年と、更に半年。


 時間というのは無常にも経過していくというのに、あの子の手掛かりは何一つ掴めていない

ままなのだ。


 『次はー、○×駅、○×駅』


 車内アナウンスと共に電車が止まり、入り口から女子高生二人組が入ってくる。


 丁度咲の前にある手すりを掴んだ彼女たちを見て、懐かしさが込み上げていた。


 ブラウンカラーを基調にしたスカートとセーラー服は、咲が高校生時代に着ていたものと全く一緒だ。


 高校生の頃、咲にとって1番の思い出は当然沙仁と暮らしていたあの日々だ。


 懐かしさに想いを馳せていれば、彼女たちの間延びした声が自然と耳に入ってくる。


 「そういえば、モデルのルナって今何してるの?」

 「知らない。けど、まじで可哀想すぎない?足なくてモデルって出来るの?」


 ギュッと、下唇を噛み締める。

 それは、本人が一番よくわかっていることだ。


 「パリコレ目前って言われてたらしいよ」

 「あんなに綺麗な人なのにね」


 周囲の人ですらそう思うのだから、当の本人はいったいどれほど苦しくて堪らないのだろう。


 女子高生の話題はコロコロ変わり、ルナの話はそこで終わってしまった。

 続いて、人気アイドルの話へ話題が移る。


 「てか、南まじ可愛くない?」

 「わかる、一回握手したい」

 「目とかぐりっぐりにデカいらしいよ」


 南とは、五十鈴南のことだろう。


 あの頃と変わらずアイドル活動をしているそうで、最近ではバラエティ番組の司会アシスタントなど、仕事の場を広げているようだった。


 「あれ…」


 まだ、あっただろうか。


 高校一年生の頃にもらった、彼女のマネージャーの名刺。


 もしかしたら、何か糸口になるかもしれない。


 行方不明になってしまった彼女の手掛かりを掴めるかもと、咲は帰路を急いだ。








 もたつきながら靴を脱いで、高校生の頃の思い出が詰まった箱を開ける。


 中には制服から、卒業証書など、学生時代を象徴する品々で溢れているのだ。


 当時使用していたクリアファイルを取り出して、中身を漁る。


 中々見つからずヤキモキしていれば、一年生の頃に使用していた生物の教科書に挟まっているのをみつけた。


 「あった……」


 美井とリリ奈の3人で沢山落書きをしたため、思い出に生物の教科書は捨てなかったのだ。


 五十鈴南を担当しているマネージャーの名刺。

 すぐに携帯を取り出して、記載されている番号に掛ければ、数コール置いた後に繋がった。


 『もしもし』

 「あの、私七瀬咲って言います」

 『はあ…?』

 「五十鈴南さん、いますか?」


 電話口から、酷く怪訝な声が返ってきた。

 こちらを良く思っていない様子で、冷たい返事が返ってきてしまう。


 『あのね、どこから入手したか知らないけどこういうの困るんだよ』

 「え…?」

 『ファンの子でしょ?ちゃんと握手会とか、ライブに来て南のこと応援してあげてね』


 それから咲の返事を聞かずに、電話は一方的に切られてしまった。


 唖然としてしまうが、よくよく考えてみればこうなることは分かりきっていた。


 沙仁に会いたい一心で、先走ってしまったのだ。






 五十鈴南と握手をするためには、彼女が所属するアイドルグループのCDに封入されている、握手券をゲットしなければいけないらしい。


 まさか自分が同性アイドルのCDを購入する日がくるなんて思いもしなかった。


 一枚1000円ほどで消して安くはないが、もうこれしか方法はないのだ。


 「どうぞー」


 係の人に案内されて、足を踏み出す。

 咲の番が回ってくるまで、すでに1時間以上は並んでいるのだ。


 「お久しぶりです」

 「え、咲ちゃん…?」


 長い髪はクルクルと綺麗にカールされていて、カラーをしているため高校生の頃より大人っぽい。


 一つ上の彼女は、すっかり洗練された綺麗な女性になっていた。

 

 沙仁がパリへ旅立って以来、殆ど会話もしていない。


 芸能科の、ましてや上級生の南と関わる機会は殆どなく、時々すれ違って会釈をする程度の関係だった。


 咲のことを、覚えてくれていただけ奇跡だろう。


 「びっくりした、久しぶりだね」

 「お話があるんです。この前マネージャーさんにも連絡入れたんですけど、いたずら電話と思われたみたいで…」

 「ルナのこと?」


 こくりと頷けば、南は大きくため息を吐いた。

 

 そして、ぐいっと耳元まで顔を近づけられる。周囲には聞こえない小さな声で、声を溢してくれた。


 「○×駅の、ウィズっていうお店に21時頃来て」


 人気者の彼女と握手できる時間はあっという間で、返事をする暇もなく係員によって剥がされてしまう。


 しかし、確かな感触を感じられた。

 もしかしたら、一歩前進に繋がるかもしれないのだ。





 指定された店は路地裏の地下にあるらしく、中々見つけられなかったせいで予定より5分ほど遅れてしまっていた。


 芸能人が利用するということもあり、部屋は全て個室のようで、店に入るのと同時に店員に名前を聞かれる。


 「待ち合わせで、五十鈴さんいますか…?」

 「お名前をお伺いしてよろしいでしょうか」

 「七瀬咲です」


 案内された一室に、既に五十鈴南の姿はあった。

 成人を迎えた彼女は、お酒の入ったグラスを片手にしている。

 雰囲気のいいお店の店内と、彼女の綺麗さが程よくマッチしていた。


 「ひさしぶりだね。何年ぶりだろ」

 「いきなりすみません」

 「いいよ、ほら座って」


 彼女と対面の位置に腰をかける。

 躊躇う事なく、南は早速本題へと入った。


 「ルナのニュース見た?」

 「はい…」

 「咲ちゃんが私に聞きたいことって、あの子の居場所でしょ?」


 頷けば、「やっぱり」と南が言葉を漏らす。

 遠くを見つめるその瞳を見て、咲は薄々と気づき始めていた。


 「……私たちの事務所も、いまあの子の行方探しているところなの」

 「それって……」

 「完全な行方不明」


 唯一の拠り所だと思ったけれど、そうではなかった。

 

 皆、誰一人として沙仁の居場所を知らないのだ。


 「義足を付けて歩けるようになって…退院の日にマネージャーが迎えに行ったら、すでにいなくなってたらしいよ」

 「そんな…」

 「国内にいるのか、国外にいるのかも何にも分からない。てっきり咲ちゃんのところにいるのかと思ってた」

 「私と沙仁の関係、知ってたんですね…」

 「うん。電話で咲に会いたいってうざいくらい言われてたからね。本人に直接言えばいいのに」


 涙が、込み上げてしまいそうになる。

 必死に堪えながら、何とか言葉をこぼした。


 「なんで……いなくなったんですかね」

 「ずっと、小さい頃からあの子はモデルとして生きてきた」


 真剣な南の声。

 同じ事務所で、長い間ルナの活躍を近いところで見てきたからこそ。


 きっと、沙仁の気持ちが痛いほど理解できるのだ。


 「それがある日突然奪われたの。モデルになるためだけに、今まで生きてきた子が。学校も習い事も全部我慢して、仕事だけをしてきたのに……着々とキャリアを積んで……もうすぐ夢もかなえられたかもしれないのに」


 どれほど、辛かったのだろう。 

 絶望して、全てから逃げ出したくなってしまう気持ちだって、分かるような気がした。


 「スーパーモデルになったら迎えにいくって約束してたんでしょ」

 「はい……」

 「もう、その約束すら叶えられない。どんな顔で咲ちゃんに顔を合わせればいいか分からなくなったんだよ」


 身を乗り出した南に、手をギュッと握られる。

 顔をあげれば、優しげな笑みを浮かべている南の姿があった。


 「たぶん、あなたが一番あの子の事をよくわかってるんじゃない?」


 声も、手も、僅かに震えている。

 南だって本当は心配で堪らないのだ。


 大切な仲間が、事故のショックで行方をくらます。

 咲と同じくらい、多く人が彼女の身を案じている。


 「……ありがとうございます」


 お礼を言えば、「よろしくね」と返される。

 深く頷いた後、咲は一人で店を出た。


 もう、気持ちは決まっていた。

 自分がどうするべきなのか、何をするべきなのか。


 答えは一つに決まっているのだ。

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