第9話


 翌日から、心を鬼にしてルナに素っ気なく当たっていた。


 彼女が悪い人でないことは分かっているが、誤ったことをした相手を甘やかしたくはない。


 ここで咲が折れてしまったら、対等な関係なんて築けるはずがないのだ。


 ついでだからご飯は二人分作ってあげるが、食事中に会話が繰り広げられることはない。


 咲が怒っているのを察して、向こうから声を掛けてこないのだ。


 しかし、咲だって感情がないわけじゃない。2日も経てば怒りは収まり、この生活が心苦しく感じていた。


 マスキングテープで境界線を貼ってしまったことも、早速後悔してしまっているのだ。



 

 ストローを使って、パックに入った豆乳を飲む。

 朝に飲むのを忘れていたため、授業合間に摂取していれば、アイドル大好きな美井が興奮したように声を荒げていた。


 「ねえ、咲聞いてよ」


 スマートフォンの画面を見せつけられて、ジッと覗き込む。

  

 映し出されているのは彼女が推しているアイドルグループのホームページで、新着ニュースの部分には『嬉しいお知らせ♡』と書かれていた。


 「南ちゃんのグループが今度武道館公演やるの…やばいよね?チケット取れるかな」


 美井は中学生の頃から五十鈴南というアイドルを推しており、彼女が所属するグループの公演にも足蹴良く通っているのだ。


 何かイベントが決まるたびに、もはやお決まりとなった光景。

 「おめでとう」と言葉を返せば、美井は心配そうな表情を浮かべていた。


 「あれ、咲元気ない?」

 「そうかな…」

 「うん、なんか最近楽しそうっていうか…イキイキしてたのに」


 中学時代から一緒の美井は、咲の第一志望がここではないことを知っている。


 高校も一緒で嬉しいと言ってくれていたが、受験を失敗した友達のことが、若干気が気でなかったのかもしれない。


 「……私って、真面目だよね」

 「いきなりどうしたの?」

 「今まで、好きになった歌手も、アイドルもいないの。美井みたいに、誰か一人に夢中になれるのが羨ましい」


 その言葉に、美井は考え込むような素振りを見せた。


 「確かに咲って全然芸能人に興味ないし……名前とか、覚える気配も全然なかったけどさ」


 ぽちぽちと、スマートフォンを操作しだす。

 再びこちらに向けられたディスプレイに表示されたのは、モデル姿のあの子だった。


 「テレビとか雑誌でルナが映るたびに、『この人は綺麗だ』って褒めてたよね」


 やはり、付き合いが長いと見透かされてしまうのだろう。


 目線を逸らしながら、ついとぼけてしまう。無駄な抵抗だと分かっているが、どこか気恥ずかしかったのだ。


 「そうだっけ?」

 「覚えてないの?」


 モデルとして活躍しているルナと、同室者として接するルナ。


 ルックスは同じなのに、こんなにも抱く印象は異なるのだ。 

 雑誌の中で密かに憧れていた存在。

 綺麗で、オシャレに服を着こなす様は、老若男女を問わず魅力してしまう。


 そんな相手と喧嘩をしているという事実が、にわかに信じ難い。


 この学園に来なければ、きっと一生言葉を交わす事もなかったのだ。

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