第13話


 週明けの学校というのは、どうしてこうも億劫なのだろう。


 眠い目を擦りながら、いつも通り一人で校舎までの道を歩く。


 しかし、全寮制のおかげで通勤ラッシュに巻き込まれずに済むのだから、そこは有り難く思わなければいけない。


 豆乳パックを片手に教室の扉を開けば、友人のリリ奈が得意げに何かを見せつけてくる。


 五十鈴南が出演するミュージックビデオを眺めていた美井も、その様子から興味深そうにこちらに近づいてきた。


 「二人とも見て驚きなさい」


 ポケットから彼女が取り出したのは、昨日ルナから貰ったものと全く同じチケットだった。


 酷く驚いたように、美井が大きな声を上げる。


 「え…どうしたのこれ!?ルナが出るから今年すごい倍率高かったって聞いたよ?」

 「パパの会社がスポンサーらしくて、コネでチケット貰ったの」


 薄らと聞いた話だが、リリ奈の実家はかなりお金持ちらしい。


 ジュエリー会社を経営しているそうだが、詳しい人でなくてもその名を知っているほどの有名ブランド。

 

 本人が全くその素振りを見せないためすっかり忘れていたが、まごうことなき社長令嬢なのだ。


 「コネチケ!?」

 「まあそうね」

 「凄い楽しみ!絶対行こうね」


 リリ奈のコネと、美井の無邪気さに甘えてしまう。

 あの子が出演するから見に行くと、今の咲にはそんな素直さを持ち合わせていないのだ。


 「友達に誘われたから仕方なく行く」という理由ができたことに、ホッとしてしまう自分がいた。


 



 ルナはファッションショーの前日から会場近くのホテルに泊まっているそうで、当日は咲一人で部屋を出ていた。


 いつもより少しだけおしゃれをして、先日購入したばかりの色付きリップを丁寧に塗る。


 マスカラのカールは上手く出来たし、アイラインだって上手に引けた。


 何度か鏡の前で確認をしたとはいえ、オシャレをすると胸がドキドキしてしまうのは何故なのだろう。


 学園前に停車するバス停の前で二人と待ち合わせしてから、駅までの道のりをバスで揺られていく。


 興奮した様子で、美井はファッションショーを見るのを心待ちにしているようだった。


 「本物のルナ初めて見る、綺麗だろうなあ」

 「他にも有名は人沢山出るわよね?」

 「うん、南ちゃんが所属するグループの子も出るんだよ」


 今回のファッションショーには、アイドルから女優。そしてモデルまで幅広く登場するのだ。


 国内でも有名なファッションショーで、会場は若い女性で埋め尽くされてしまう。


 女の子であれば一度は憧れる祭典に、ルナは目玉のモデルとして出演するのだ。


 「南って子は出ないんだ」

 「生放送のテレビ放送と被ってたから、そっちに出るんだと思う」

 「ふーん」


 聞いておいて、リリ奈は興味なさげな様子だ。

 芸能人はあまり興味がないようで、特にアイドルには尚更その傾向が強いようだ。


 「でも、ルナもなんとか南って子も…同じ学校って不思議な感じよね」

 「うん…特にルナなんて同い年だよ?あれだけキラキラして、大人気なのに」

 「でも、噂では芸能科の生徒って、私たちが知ってるような有名人はほとんど授業にいないらしいよ」


 あの仕事の忙しさから考えれば、ルナがろくに授業に出られていないことは確実だろう。


 五十鈴南もCMからバラエティ番組と引っ張りだこで、あの若さにしては酷く知名度がある芸能人なのだ。


 「住む世界が違うんだよね」


 当たり前のリリ奈の言葉に、何故か胸がチクンと痛んでいた。


 咄嗟に押さえても、その痛みの原因が何故なのかは分からない。


 自分でもわかっていたことだというのに、どうして人から指摘されると苦しくなってしまったのだろう。

 



 そんな違和感を抱えながら、咲は無事にファッションショーの会場へと到着していた。


 リリ奈がくれたチケットは関係者席ということもあって、ステージからかなり近い。


 お祭り会場のように賑やかな雰囲気は、会場が暗転したのと同時に少しずつ収まり始める。


 ゆったりとした音楽と共に、ショーが始まり出したのだ。


 辺りはカメラマンが沢山いて、モデルが登場するたびに、フラッシュがたくさん焚かれている。


 それぞれのイメージに合わせたBGMは、より一層モデルたちの魅力を引き立てていた。

 

 「……やば」


 背後の席から、ぽつりとシンプルな言葉が聞こえる。


 その言葉の意味が否定的ではないことは、会場にいる人間であればすぐに理解できるだろう。


 およそ10センチ近いヒールを履いて、堂々と登場した彼女は、明らかに他のモデルより抜きん出ていた。


 頭身から手足の長さまで。


 何を取っても、群を抜いているのはルナだったのだ。


 「本当に、ルナ綺麗…」


 見惚れたように、隣にいる美井が呟く。

 ルナの登場に、辺りでは今日一番の歓声が湧き上がっていた。


 咲も、ついジッと見入ってしまう。


 ブラックの衣装を着込んだ彼女は本当に美しく、ダークな世界観を見事に表現している。


 この会場で一番、場を盛り上げ、空間を支配しているのは間違いなく彼女だ。


 身長も178センチはあると、以前読んだ雑誌のプロフィール記事にも書かれていた。


 スタイルや、ルックスだけじゃない。


 オーラだって他のモデルと桁違いなのだ。


 「……ッ」


 見惚れていれば、一瞬だけ、ルナと目があったような気がしてしまう。


 そんなはずないのに。


 以前、美井がアイドルのライブに行った際、南ちゃんと目があったとはしゃいでいたことを思い出す。


 なるほど、と思ってしまう。


 これは勘違いしたくなる。

 勘違いしている方が、幸せな気持ちになれる。


 住む世界の違う、遠い人。

 そんな相手と、一瞬だけでも心を交わせたような気になれるのだ。

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