第12話
電車に揺られて、咲は休日に一人で主要駅へとやってきていた。
膨大な敷地面積を誇る桜川学園は、郊外に存在するために、遊びや買い物のためには、長時間掛けて足を運ばないといけないのだ。
やってきた主要駅から地元も近いため、酷く懐かしさが込み上げる。
高校に入学してから街に降り立つのは、思い返してみれば初めてかもしれない。
駅から目的地までの道のりは、もう何度も通っているせいで案内がなくても辿り着くことが出来る。
初めて絵を描き始めたのは小学3年生。
あの頃は、母親に手を引きれてこの画材店まで連れてきてもらった。
中学生からは一人で通うようになり、ずっと絵を描いてばかりいたあの頃。
受験に失敗して以来、ずっと足が遠のいていた。
だけどルナの絵を描くのであれば、また必要になってくるだろうと、わざわざここまでやってきたのだ。
「どれにしよう……」
人がいないことを確認してからしゃがみ込んで、ジッと色味を確認する。
いつもニコニコして、明るいあの子。
子供っぽくて、自由人。
天然で時々何を言っているのかよく分からないけど、同い年の可愛らしい女の子に合うぴったりな色を見つけてあげたかったのだ。
不思議と、絵の具や筆を見ているだけで楽しいと思える。
あんなに苦しくて堪らなかったのに、どれを描こうかと眺めているだけで、ワクワクしてしまう。
「これ、ルナっぽい」
ライトイエローの中でも、一際白っぽい。
明るくて、キラキラしていて。
その場にいるだけで、場を照らしてしまうあの子にぴったりだ。
他にも色々と画材を買い物かごに詰め込んで、レジへと向かう。
画材というのは一つ一つが根が張る。決して安くはない趣味を、続けさせてくれる両親には本当に感謝しかないのだ。
「4820円です」
当然、商品は全て定価だ。
美術の学校へ通う生徒であれば特別割引が効くが、咲は普通科に通っているために適用されない。
だけど、それにショックを受けてもいない。
以前に比べて、自分の中の蟠りが少しずつ解け始めていることを、確かに感じていた。
久しぶりに街まで来たのだからと、咲はショッピングモール内を眺めていた。
お小遣いとして渡された額は多くが画材に消えてしまったため、1000円ほどで買える色付きリップをひとつ購入する。
春色をイメージしたものらしく、桜色で淡い色合いが可愛らしい。
あまり化粧をする方ではないが、色付きリップはよく愛用しているのだ。
お店を出て、歩き疲れたためカフェにでも入ろうかと探していれば、大きなポスターが視界に入る。
「あ……」
有名ブランドのイメージモデルを務めているもので、この夏新作のバッグと共に彼女が大きく映し出されていた。
「このルナめっちゃ綺麗」
「クールだよね、カッコイイ」
「これでまだ16歳って凄くない?将来有望すぎる」
街ゆく人の声が聞こえて、つい頷いてしまいそうになる。
年相応の彼女は世界的に見れば有名モデルで、少なくとも日本国民であれば殆どがルナを知っているのだ。
そんなあの子と、僅かな間でも人生が交わった。
今更ながらに、本当に奇跡な夢物語のようだと思ってしまっていた。
夕方頃に寮の自室へと戻ってくれば、室内には例に倣ってお菓子を食べているルナの姿があった。
モデルは食管理がしっかりしているイメージだったが、ルナはいつも好き勝手に飲み食いをしている。
ゆるいキャラクターもののTシャツも、所々お菓子の油染みが出来てしまっていた。
「おかえり、どこ行ってたの」
「画材見てたの。ルナ、仕事は…」
「私が優秀だから、早めに終わったの」
あのルナが、スナック菓子を抱えてピースサインを向けてくるなんて、世間一般的な人からしたら考えられないだろう。
咲だって、まさかこの子がここまで自由人だとは思いもしなかったのだ。
部屋で購入した画材を片していれば、今度はキャンディーアイスを手にしたルナが室内に入ってくる。
咲のすぐ側でしゃがみ込んで、アイスを持っていない方の手で何かを差し出して来た。
「今度ファッションショーやるから見にきてよ」
戸惑いつつも、チケットを受け取る。
毎年都内で開催されるコンサートで、ファッションに疎い人ですら知っている有名なものだ。
チケットも倍率が高いせいで中々取れないと、昔友達から聞かされたことがあった。
「……考えとく」
ルナが直ぐに揶揄ってばかりいるから、つい素っ気ない返事をしてしまう。
途端に彼女は残念そうな表情を浮かべながら、咲の両頬を手で包み込んできた。
「ダメ、絶対来て。私のこと、絵描くくらい好きなのに何で意地悪言うの」
分かりやすく、頬を赤くさせてしまう。
悪いことをしているわけではないのに、美術室に篭ってせっせと描いていることが、どこか気恥ずかしく感じてしまうのだ。
「な、なんでそれ…」
「南が言ってた。咲、やっぱり私のこと大好きじゃん?可愛いとこあるね」
「暇だったから描いてただけ」
憎まれ口を叩いても、予想通りだったのかルナは楽しげに笑顔を浮かべていた。
素直に頷いても、断っても。
私のことが好きなのに?と自信満々に揶揄ってくるつもりだったに違いない。
気づけば、ルナに翻弄されてばかりいるのだ。
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