第17話
物心ついた時から、咲はカメラの前に立たされていた。
赤ちゃんの頃からモデルとして仕事をし始めて、言葉が喋れるようになれば演技の練習をさせられていたのだ。
別に、両親に強要されていたわけではない。
父も母も咲に対して本当に優しくて、赤ちゃんモデルを始めたのも、我が子を可愛がるあまり母親が応募しただけに過ぎないのだ。
有名なオムツメーカーのCMに出演して、それが最初で最後の思い出作りのつもりだったのだろう。
しかし、そのCMが思いの外好評で、次々と仕事が舞い込むようになった。
演技の仕事を始めてからは尚更で、天才子役として一時期脚光を浴びていたのだ。
元より素質があったのか、演技の実力が順調に伸びたことが大きな要因だろう。
2歳の頃には国内で長らく放送されているドラマの子役としても採用されて、まさに順調満風と言える子役人生を送っていた。
しかし、芸歴7年を迎えた頃。
小学生になった咲は、相変わらず多忙の日々を送っていた。
幼稚園はろくに通えなかったが、小学生になってもその状況は続いた。
入学式はもちろん、普通の授業すら殆ど参加できない生活。
睡眠時間も少なく、次第に笑顔も減っていった。
マネージャーからは芸能人なんだから仕方ないと、スケジュールも調整してもらえなかった。
いまが踏ん張り時だ。
これを越えたら将来人気女優になる、と。
そもそも、何のために芸能人として仕事をしているのだろう。
咲は幼い頃から、演技をするよりも絵を描く方が好きだった。
だけど仕事が忙しくて、描く時間なんて殆ど取れやしない。
子供として、好きなことをする時間も無い生活だったのだ。
両親に心配を掛けないように、自宅ではいつも笑っていた。
仕事は楽しいよ、と。
学校なんて行けなくてもお仕事ができたらいいんだ、と子供に似つかわしくない作り笑いを浮かべていた。
子役として、幼い頃から周囲の反応ばかり気にしていたせいだろう。
子供なのに自分を作って、実の両親にすら本音を話せずにいたのだ。
しかし、心は悲鳴をあげていた。
ストレスから暴飲暴食を行い、そのせいで日に日に咲は見た目が太っていった。
可愛らしかった子役が、成長と同時に太っていく。
それを、視聴者が見逃すはずもない。
日に日にバッシングが増えて、比例するように仕事も減っていった。
仕事がない代わりに学校へ行けば、小さな子供は残酷に「何で太ったの?」と笑顔で聞いてくる。
完璧を求められ続けた咲にとって、これほど屈辱的なことはなかった。
「うちのお母さん、ナナちゃんのこと嫌いって言ってた」
「こどもに働かせてるって。ナナちゃんのお父さんおしごとしてないの?」
悪気のない、子供の声も。
悪意の塊を、遠慮なくぶつけてくる大人も。
全てが、怖くて仕方なかった。
そして、ある日突然。
咲はプツンと糸が切れたように意識を失い、目が覚めた時にはベッドの上だった。
事の緊急性を重く見た両親によって子役はやめさせられて、普通の子供に戻っても。
咲は許せなかったのだ。
仕事から逃げた自分が、情けなくて堪らなかった。
周囲の期待を裏切って、結果として逃げ出した自分を許せなかった。
だからもう、2度と同じ失敗はしたくないのだ。
赤ん坊の頃から完璧を求められ続けたせいで、中途半端な結果を受け付けられない性格になってしまっている。
ようやく普通の子供に戻って、大好きな絵を沢山描けるようになっても。
あの頃の性格が尾を引いて、絵にまで正解を求めるようになっていた。
だからこそ、中学受験を失敗したことが通常の何倍もの大きな傷になってしまっているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます