第45話
マンスリーマンションに帰ってから、ラフな服装に着替えた後。
歩き回って疲れたからと、沙仁は義足を外していた。
今まで咲の前ですら、あまりその姿を見せてはくれなかった。
左足の膝より下の部分は、確かに足がないのだ。
「痛くないの?」
「うん時々ズキってするけどその程度」
死傷者を何人も出した凄まじい事故。
足を失ったとしても、こうして生きて帰って来てくれただけで十分だった。
沙仁が側にいてくれるなら、他には何もいらないと心の底から思えるのだ。
「あんまり、長く見ないで」
「いやだった?」
「いやっていうか…咲は、私の足がなくてもなんとも思わないの」
「うん、無いなって思うけどそれ以外には何も思わないよ」
大切な人相手にそれ以外の感情を抱くはずがないと言うのに、その言葉を聞くやいなや沙仁は泣きそうに表情を歪めていた。
「寧ろ4年前より大人っぽくて綺麗だよ」
「そんなの言うの咲くらいだよ」
「じゃあ、私が独り占めできるね」
あらかじめ布を貼った予備のキャンバスとイーゼルを持って、彼女の前に置く。
大切な恋人を目の前に、心はどこか緊張していた。
ようやく、この日が来たのだ。
恋人をモデルに、絵を描く。
ここまでくるのに何年も掛かって、決して近道を通って来たわけではない。
だけど、遠いところから歩いて来た道も、悪いものではなかった。
遠回りをしたからこそ、見えた景色があったのだ。
「義足付けて描いて欲しいの」
「わかった」
「いまは、これも自分の体の一部だって受け入れられるから」
愛おしそうに見つめながら、沙仁は再び義足を着用していた。
体の一部を失って戸惑っただろうに、ゆっくりと受け入れ始めているのだ。
「絵のモデルするのに、パジャマでいいの?」
「そこは先生の力量で可愛い服に変えてくださいよ」
おどけた口調に、つい笑ってしまう。
デッサン用の鉛筆を滑らせて、ようやく描き始める。
高校生でもない。
モデルでもない。
咲の大好きな、沙仁の現在の姿だ。
描いていて楽しくて、ワクワクして、心が躍る。
やはり、咲は沙仁の絵を描く時が一番好きだ。
愛する人を描いているときが、もっとも幸せだと感じられるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます