第32話
思い返してみれば、学校外でルナと会うのは初めてかもしれない。
ファッションショーを見に行った際に、客席から眺めた記憶はあるが、それ以外で言えば一度もないのだ。
だからこそ、咲は酷く心を弾ませてしまっていた。
ずっと想いを寄せているあの子と、初めてお出掛けができる。
こっそりとスケジュール帳にはデートと書いているのだ。
伊豆大島へ行く当日を迎えて、咲は朝早くから準備に勤しんでいた。
ルナは仕事があるため、駅で待ち合わせをしているのだ。
それがなおさらデートっぽいと思いながら、せっせと身支度を整える。
「ルナが仕事でよかった」
もしいれば、どうしてそんなにオシャレしてるの?と聞かれていただろう。
楽しみだったんだと揶揄われてしまえば、また可愛くない言葉で言い返してしまっていた。
伊豆大島へは日帰りで行く予定だった。
滞在時間は4時間もないかもしれないが、時間内に存分と楽しむつもりだ。
あらかじめガイドブックも購入しており、色々と行きたいカフェの目星も付けてある。
先日二人に選んでもらった服を着て、いつもより丁寧に髪の毛を巻いた。
下地はもちろん、ファンデーションだって綺麗に塗ったつもりだ。
昨夜、お肌の調子を良くするために高いフェイスパックを使ったおかげで化粧のりも良い。
「……可愛い、かな」
鏡の前で呟いても、当然返事なんてない。
一度美井かリリ奈の部屋へ行って変じゃないか確認してもらおうか悩んだが、迷惑だろうと考えを改める。
すっぴんだって散々見られているのに、少しでも可愛いと思われたいのだから、恋というのは本当に不思議だ。
待ち合わせ場所である東京駅には、予定より30分も早く着いてしまっていた。
駅構内のカフェに入って、時間が過ぎるのを待つ。
ここから電車とバスを乗り継いで飛行場まで向かう予定だ。
ドキドキと、緊張してしまう。
好きな人とデートへ行くのが、こんなに緊張するだなんて知らなかった。
「痛っ……」
ズキンとかかとが痛んで、思わず顔をしかめる。
寮を出た時から違和感を感じていたが、ずっと我慢をしていたのだ。
新調したサンダルは少し痛いけど、可愛いと思われたいから我慢していた。
「遅いな……」
待ち合わせ時刻の10分を過ぎても、やってこない。
少しずつ、焦り始める。
乗る予定の飛行機は便が限られているため、あまりゆっくりしていられないのだ。
帰りのことも考えると、逃すわけにはいかない。
いまどこ?と送っても返事がない。
既読の文字すら付かず、焦りはどんどん増していっていた。
注文したキャラメルラテがすっかり冷え込んでしまった頃、スマートフォンに彼女から電話が掛かる。
すでに、待ち合わせ時刻より1時間も過ぎてしまっていた。
『もしもし咲?』
「ルナ…いまどこにいるの」
『本当にごめん、撮影が終わらなくて…』
何も、言えるはずがない。
モデルとして本気で世界を目指している彼女に、我儘なんて言えるはずなかった。
私との約束はどうなるの、なんて面倒くさいと思われてしまうから。
ルナが頑張っている姿をすぐ側で見ていたからこそ、グッと自分の感情を抑え込んだ。
『連絡したくても全然休憩に入らなくて、本当にごめんね』
「どれくらいで終わりそう?」
『……ごめん、今日は』
電話の向こう側から、スタッフと思わしき男性の声が聞こえた。
『再開します』という言葉を合図に、他のスタッフの声が次々と上がり始める。
仕事なら、しょうがない。
頭では分かっているけど、心では受け入れられていなかった。
こんなにも、咲は物分かりが悪かっただろうか。
「わかった、しょうがないよ」
『本当にごめんね』
「ううん、撮影頑張ってね」
通話時間は本当に僅かで、履歴に残った彼女の名前をぼんやりと眺めていた。
次第に目の前がジワジワとぼやけはじめて、慌てて目元を拭う。
きっと、もう行けないだろう。
ルナが唯一空いている日程で、伊豆大島の日帰り旅行を計画したのだ。
このまま二人は、伊豆大島へ行けることはなく離れ離れになる。
一度もデートをすることなく、サヨナラするのだ。
明後日、ルナは学園を去る。
その日のうちに空港へ向かいパリへ旅立つと言っていたから、本当に離れ離れになってしまうのだ。
そういう運命のような気がしてしまう。
散々、同じ食卓を囲んでも。
くだらない話をして、ゲームをしても。
二人の関係はあの学園の中だけなのだと、現実を突きつけられたような気がした。
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