第18話 罠地獄

 いきなりですが問題です。数歩おきに罠を踏み抜くミランダを連れ歩くには、どうしたら良いでしょうか。答えは簡単。


 慣れる事だ。


「すみません、罠が作動しました!」


「これは、ええと、ミランダはオレの左側に来い! ケティは左肩に移動! そして全員気を付け!」


「ミュッ!」


「分かりました!」


 オレが号令を飛ばすなり隊列は整い、続け様に四方八方から飛矢が駆け抜けた。眼前を、耳許を、肩の側を掠めていく鋭利な音。しかし必殺の罠であっても一矢すら当たらず、全てが空振りに終わった。もう何十回と目の当たりにした罠だ。速やかに避けるのも難しくはない。


「それにしても面倒な森だよな」


「ここは別名【罠地獄】と呼ばれているそうですね。初耳でした」


 ほんの少し前、見知らぬ冒険者の集団とすれ違ったのだが、その時に色々と教えてくれた。ミスティフォレストは大陸屈指のトラップゾーンであり、急ぎで無ければ迂回すべきエリアらしい。ただし倍近くの距離になるので、突っ切る場合は中級以上の魔術師か、対策アイテムが必須との事。


 彼らはそう告げると、魔法の光を放ちながらファーメッジへと向かっていった。オレ達には何の準備も無い。したがって、体当たり的な攻略に挑むのである。貧乏のバカ野郎、コネ無しのクソッタレ。


「ここまで来るのに何日かかった?」


「本日で3日目ですね」


「クソッ、まだ半分も進めてねぇのに」


 地図の恩恵で道筋は見えている。そして、ダンジョンまでの到達予定日までも。向こうには今から5日後に着くようで、その時点で開始から8日経っている。つまりは期間内に報告が出来ないという事だ。


「ミランダ。依頼に失敗すると、どんなペナルティがあるんだ?」


「詳しく知らないのですが、無償の奉仕だったと思います。額面に応じた作業を強いられるのだとか。ちなみに、依頼の報酬も貰えません」


「クソッ。タダ働きにタダ働きを重ねるのか!」


 1歩でも前に進みたい。しかし気持ちとは裏腹に罠が作動するので、もっと突っ込んで言えばミランダが頻繁に踏むので、状況は遅々として進展しなかった。


「すみません、また……!」


「ええとこれは、丸太のやつか! 一列縦隊で伏せ、ケティも屈むんだ!」


 背後のミランダとともに膝を着いた瞬間、重たい風切り音が頭上を掠めていった。魔法で射出された丸太は、天空からロープによって吊るされ、ブランコの要領で獲物に襲いかかるのだ。


「フェリックさん。的確なご指示ありがとうございます」


「まだだミランダ、折返しが来るぞ!」


「あぁっ、すみません!」


 慌てたミランダが背後のすぐ傍で屈んだ。先程よりも近い位置で、密着状態だ。


 するとオレの肘に何かが押し付けられる。それは潰されてもなお形を変えて、健気にも、零れ落ちそうになるのを耐えている。脳天に突き刺さる程の柔らかさがあり、それと同時に果てしなく蕩(とろ)けそうな温もりも併せ持つそれは、眼を向けなくとも何であるかが分かった。


「ちょっとミランダさん、当たってるんですけどぉぉ!」


「フェリックさん、立たれては危ないですよ!」


「やべっ……ゲフゥ!」


 丸太を直撃したオレは華麗に吹っ飛び、へし折れた肋骨を抱きつつ青空を見た。晴れ渡ってやがる、人の細々としたトラブルを嘲笑うように。


 それからはミランダがヒーリングをかけてくれた。遠方からの詠唱だ。早速お買い物が役に立ったねってうるせぇよ。


 そんな訳で歩みは遅く、普段の半分を下回る速度だ。そして、懸念すべきことは他にもある。やっぱり食糧問題だ。


「なんだか、魔獣が全然出ないよな……」


「罠だらけですからね。森に寄り付かないのでは?」


「それはマズイぞ。現地調達する気だったから、食料はほとんど補給してないんだ」


「なるほど。では切り詰めないといけませんね」


「ミュミュゥ……」


「文句言うな。物さえ揃えば腹いっぱい食わせてやる」


 せめて食い物があればと思うが、口に出来そうな物はそうそう見つからない。湿気があるだけキノコはやたらと出くわすんだが、これは危険だ。猛毒を持つ種類が多く、下手すれば即死級だったりする。これを選ぶのは最終手段だ。


 かと言って果実なんかは見当たらず、縁があるのは食い散らかした後の種や皮ばかり。せめて花の蜜くらい吸ってやろうと試してみれば、唇が大きく腫れ上がるという大惨事。


 これは窮地だった。飢えと罠による2段構えは強烈で、踏破するだけでも命がけだった。一切気の抜けないままに歩き、夜になれば泥の様に眠る。敵に襲われないのは救いのようであり、それすらも罠ではないかとも思えてきた。


 そうして迎えた4日目。ようやく中間地点を過ぎた頃の事だ。


「ミランダ、昼飯だぞ。少ないが食べておくんだ」


「はい。ありがたく頂戴しますね」


「ミュウミュゥ」


「ケティはもう食べただろ。しかもお前には、ちょっと多めにあげてるんだからな」


 状況は相変わらずインフェルノだが、1つだけ朗報がある。何百回と罠を見せつけられたせいか、仕掛けポイントが分かるようになったのだ。茂みの枝の隙間とか、転がる小石の間とか、そういった所が特に危険だ。


 しかし理解してしまえば何の事はない。歩みをぎこちなくしつつも、速度を上げて邁進した。そうして攻略の目処がついた頃の事、とある人物と再会した。


「何だあれ、行き倒れか?」


 街道から少し逸れた茂みの向こう、そこに育った1本の大木に、若干名が寄りかかる様に倒れていた。霧が視界を阻もうとするが、誤認する距離じゃない。


 可哀相に、成仏してくれと思う。しかしミランダは別の反応を示し、唐突に声を高くした。


「あれはもしや、ヒメリさん!?」


「どうしたんだ。知り合いなのか?」


「あの方々は以前の仲間です。ヒメリさんしっかり、今行きます!」


 少し近寄れば、その姿に見覚えがあった。アイツらは帰らずの森でミランダを殴り、オレを小者だとか酷評した連中だった。そうと分かれば同情心も萎むのだが、彼女は違い、脇目も振らずに駆けつけようとした。


「待てミランダ!」


「離してください、まだ助かるかもしれません!」


 この熱意、強引に冷ますのは不可能だ。仕方ない。気の済むようにさせるまでだ。


「分かったよ。行ってあげな」


「ありがとうございます!」


「ただし罠を避けていくんだ。2歩半左に移動して茂みは掻き分けずに跨いで。それからは5歩前進して小石をジャンプ、クモの巣を潜って行くんだぞ」


「はい、分かりました!」


 オレの言葉を忠実に守った彼女は、そのまま大木の下へと駆けつけた。オレもゆっくりと後を追い、悲痛に震えるミランダの背後から相手を覗きこんだ。


 かつて見た勇壮な顔には程遠く、頬はこけ、そして青白い。辛うじて灯る命の光は、ここまでかもしれない。そう感じてしまうほどに追い詰められた姿が3人分、森の片隅に転がされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る