第34話 雪中行軍、再び
レンパイヤ村は現在地のノザンリデルから西方の山あいにある。もしかしなくても雪国。前方に見える山々はもちろん、視界一体が雪化粧で彩られている。だから街道から外れたルート、しかも登山となれば過酷極まると思えたのだが意外と楽な道となりそうだ。
現実世界ならいざ知らず、ここはゲームの世界だ。普通に考えれば豪雪によってあぜ道すらも埋もれてそうな所だが、道標のようにも見える歩行エリアが遠くまで続いていた。
「そうだよな。冒険する為に作られた世界なのに、雪で進めませんとか有り得ないか」
「勇者様。アッシが案内しやすんで、先に行きやすね」
「待てキュナン、勝手にうろつくな!」
警告はわずかに遅かった。前方の罠を踏み抜いたキュナンは、地に埋もれようとして視界から消えかけた。難を逃れたのは、咄嗟にオレがマントを掴んだからだ。
「落とし穴の罠か。落ちたら痛いじゃ済まないな」
周りの積雪を巻き込んで生じた穴は、底まで見通せない程の深さがある。良くて両足骨折、打ち所次第では命までも落とす危険性がありそうだ。
「どうしてダンジョンでもないのに罠が!?」
「悪いな。オレ達は特別待遇というか、業みたいなもんがある」
「そうだったのですか……すんません、よう知らんのに先走って」
「幸いにもオレは罠に詳しい。一列に並んで進めば安全だぞ」
「では後に続きやす。でも、道案内は……」
「地図があるから安心しろ。こうしてピンを立てれば見失う事もない」
こうしてオレを先頭とした一行は、美しい1本線の並びで歩きだした。培ってきたスキルがスムーズな進行を可能にしてくれる。そう、レベル1に戻されたオレだが、スキルは全てが健在だった。実用的なものはもちろん、挨拶やら友人やらチームワークやら、役立つか怪しいものまで全てが。
そこは喜ばしい。しかし、貧弱極まるステータスは誤魔化しようがないだろう。勇者とは言えど初期値は初期値。旅立ちの頃に毛が生えた程度の強さは、とてもじゃないが北西部の魔獣に歯が立つとは思えない。そして雪賊団ともまともに戦えるのか、全くもって不透明だ。
とりあえず策を練る必要がある。出来れば遠回りして、魔獣を狩りながら経験値稼ぎに励みたい所だが、それも悪手か。メイン火力のオレがこのザマなのだから。
「そうだ。敵が出た時の事も考えなきゃ……」
そうして知恵を絞りつつ、散見される罠を回避する。それだけで思考回路はパンク状態となり、そのため気付けなかった。新種の魔獣が出没した事に。
「フェリックさん、敵です!」
「しまった! キュナンは退がれ!」
現れたのは氷の塊だった。ブロック状の氷が積み上がったような見た目で、二足歩行でいて腕は見当たらない。ギラリと光る赤い眼と空洞のような口をコチラに向け、大地を揺らしながら歩み寄ってきた。
「デカイな。人間の倍くらい有りそうだ」
「フェリックさん。まずは補助魔法を……」
敵の出方を窺いつつ構えていると、横を駆け去る陰があった。ケティだ。後ろを振り返りもせず、ただ一直線に突撃を開始してしまった。
「あの敵はケティが貰っちゃうよ、お兄ちゃんの出番は無いからね!」
「待てケティ、1人で行くな!」
「フェリックさん、アクセレーションをかけますので」
「分かった!」
身体が軽くなったのを感じると、急いで後を追った。しかし追いつくどころか引き離される一方だ。オレの足が雪に取られるのに対し、ケティは雪上でも速度を落とさずに駆けている。足跡も妙に浅いのは、スキルなり特性でもあるのか。
「グォオオォ」
敵が暴風を思わせる声をあげると、虚空に巨大な氷柱を生み出し、こちらへ投げつけてきた。攻撃魔法か。
「気をつけろケティ、そっちに行ったぞ!」
「こんなの楽勝だもんねーーだ」
高速に迫りくる氷柱を、ケティは跳躍してかわした。それだけでなく、地面に突き刺さった氷柱を足場にして大きく跳ねた。
「いっくよーー、氷オバケめ!」
ケティは宙空で何度も回転し、その身体にエネルギーを貯めた。そして敵の背後に降り立つ寸前、後頭部に痛烈なヒザ蹴りをお見舞いしたのだ。弾け飛ぶ氷塊、炸裂音はきっちり5回。
それだけで巨大は前に倒れ、やがて素材へと姿を変えた。残されたのは掌に収まる氷のブロックで、とりあえずインベントリへ格納。
「どうだった、お兄ちゃん。褒めて褒めて?」
ケティは駆け寄ってくるなり、上目遣いをしては頭のミョンを左右に揺らした。返答に困る。上手くやったと褒めるべきか、無謀な突撃を叱るべきか。
「よくやってくれた。強いじゃねぇか」
「えへへ。でっしょーー? 撫でて撫でて」
求められるままに撫でてやるが、そこで話は終わらせない。
「次の戦闘はオレがやるから。お前には応援を頼みたい」
「どうして? ケティ、自分で戦えるんだよ?」
「人化したお前にどんな力があるか知らないんだ。応援の効果も確かめておきたい」
「ふぅん。じゃあ良いよ!」
快諾を得るなりミランダ達の元に戻り、移動を再開した。そんな折にペコォォンだかポヘェンだか、懐かしくも気が抜ける音を聞いた。
「今のはもしかして……」
そう、待望のレベルアップだ。こっそり眺めたステータス画面には、レベル3の文字が刻まれていた。ロクな活躍をしていないのに、しかし有り難い。とりあえず筋力と素早さに2ポイントずつ振り分けておく。
「オレが知力に振ったって意味ないもん……な!?」
「どうしました、フェリックさん?」
「あぁ、いや、何でもない」
ステータス画面を閉じようとした瞬間、オレは確かに見た。まだまだ貧弱な生命力の下に、魔力の項目が追加されていることを。今は5ポイントしか無いが、ゼロとは雲泥の差だ。
「もしかしたら、いずれは奥義を使えるようになるのか……!」
そう、オレはもう勇者で、育ち方次第では魔法も扱える様になる。村人やホームレスとは比較にならない、ユニークでハイクラスな職業なのだ。
魔獣よ、早く出てこい。そしてオレの糧となれ。今度は付近の様子にも気を配りつつ歩みを進めた。しかし、そんな獰猛な期待とは裏腹に、道中は無駄に静かなものだった。
「出ないな、敵が全然……」
「本当ですね。帰らずの森なら、もう5回は接敵している頃です」
「ファーメッジからノザンリデルに向かう時もそうだった。数日のうちで見掛けたのは1体だけだもんな」
「雪国は魔獣が少ないとか?」
「さぁてね。そうかもしれんし、別の理由かもな」
さて、道の方はいよいよ傾斜が厳しくなった。ただでさえ悪い足元が、一層に悪化してしまう。それをケティは身体能力で、キュナンは慣れで、オレは根性で適応するのだが若干1名だけは無理だった。
「ヘムッ!」
「大丈夫か? さぁ掴まって」
「いたた……。ご面倒おかけします」
ミランダは実に豪快な転び方を披露してくれた。まず片足を背後に向けて滑らせ、残った足もなぜか跳ね上げて両足を揃えると、両手も前に突き出して腹から落ちる。
受け身は皆無、ドジにしたって限度がある。はしゃいでコケる子供といい勝負だと思ったが、口に出しても改善される訳でもなし、とりあえず胸の内にしまっておく。
「なぁキュナン。村はまだ遠いのか?」
「駆け足なら日暮れ頃に着きやす。ですが、この様子では……」
「まぁ、そうだよな。うん」
「すみません。私が鈍いばっかりに」
「仕方ないさ。出来る限りの事をすれば……!」
その時、名案が閃く。上手くいくか知らんが試してみる価値はあるだろう。
「ケティ。ミランダに応援を頼めるか?」
「ほぇ? 敵さんが居ないのに?」
「移動中でも使えるのか、ちょっと確かめてみたいんだ」
「うん、良いよぉ!」
ケティは快諾の声をあげると、1アクションでミランダの隣に降り立ち、弾けんばかりの笑みを浮かべた。
「がんばれ、お姉ちゃん。がんばれ、お姉ちゃん!」
そんな声と共に、自身の顔の脇で手拍子を鳴らした。人化したらこんな見た目になるのかと
、些細な変化に関心を寄せた。だがそれよりも眼を向けるべきは、その成果だった。
「わ、わ、わ。力が溢れてきます……!」
「おお、成功か! ちょっと走ってみてくれ」
「ひぇぇーーっ。身体がぁーー!」
効果はデキメンすぎた。いや、これはミランダの運動神経が問題か。強く踏み込んだ足が、次の足を踏ませず、大きく跳ねて天高く舞うハメになってしまった。
「ミランダ、大丈夫か!」
「あぁ〜〜……」
落下、ほどなくして着地。怪我は無いようだが異常さを残す。完全に制御を失ったミランダは高々と飛び跳ねるか、あるいは超高速で前方に飛ぶかして、辺りを大いに騒がせた。面白がったケティはぴたりと寄り添いながら、狂乱に拍車をかけていく。
もちろんミランダの持つ不運スキルも都度発動。一帯は飛矢に落石に釣り丸太と、罠のオンパレードだ。踏んだ傍からミランダ達が消えるので、罠の標的は後続へ定まる事になる。
「キュナン、オレから離れるなよ!」
「は、はいぃ! わかりやしたぁ!」
それからは懸命に罠を避け、必死に遠のく背中を追いかけた。そのうち息が切れ、騒ぎが落ち着きを見せた頃、坂の下に村を見た。急峻な崖を背にしており、夕日を浴びて真っ赤な壁がそびえるように思えた。
「ハァ、ハァ、3度は死を覚悟しました……!」
杖を支えに立つミランダは顔が真っ青だ。
「またやろうね、お姉ちゃん!」
正反対にケティは満足気で、両手で大きく伸びをしてはご満悦な様子だ。
「大変だったな、ミランダ。村に着いたらしばらく休もうか」
「はい。そうさせて貰えると助かります」
それから坂を下り、道なりに行けば村が眼前に迫る。近寄ってみて分かるのは、そこは長閑な山村からかけ離れている事。流し見ただけでも戦地の臭いを濃厚に漂わせている。
急ごしらな木製の防壁には幾本も矢が突き立っており、風穴も所々に空いている。他にも壊された農具が散乱しており、同時に赤いものも多く見た。激戦の跡。口で語らずとも光景だけでおおよそを理解出来た。
「おうい、みんな! 勇者様をお連れしたぞーー!」
キュナンが村の入口で高らかに叫ぶ。すると、物陰から1人、2人と顔を覗かせては重たい歓声をあげた。
「おぉ、あの御方が……」
「どうか我らをお助けください、勇者様」
彼らに動き回る元気は無いのか。村の通りを歩くオレ達を、その場で立ち尽くしながら見送った。身動きの取れないほどに年老いてはおらず、まだそれなりに若い世代だ。恐らくは全身に施された真新しい包帯が、あるいは途方も無い失意や恐怖が、彼らの足を縛るのだろう。そんな人々が寄り添う家屋も、半数は焼け落ちており、悲痛さに拍車をかけていく。
それらの光景を眺めるうち、不意に腹の底から耐え難い激情が込み上げてきた。それがオレに叫ぶ事を強いたのだ。
「みんな、今日までよく堪えた! オレ達が来たからには安心しろ、悪党を1人残さず撃滅してやる!」
歓声が一段と高くなり、やがて村中が轟くほどになる。彼らの壊されたものは戻ってこない。しかし今すぐにでも、何かしてやりたかった。たとえ些細な一言であったとしてもだ。
「勇者様。これから村長の所へご案内しますんで」
こうしてキュナンの先導により、村長宅で依頼の詳細を聞くことになる。しかし、耳にしたのは予想だにしないほどの無茶な要求だった。
そうなれば、湧き上がった義侠心など役に立たない。村なんか見捨てりゃ良かっただなんて、そこそこ最低な気持ちが湧き上がってしまうのだった。
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