第35話 規格外クエスト
通された村長の家とやらは、他の民家に比べて一回りも二回りも大きい。焼け落ちた建物が散見される中、この家屋だけ無事である理由も、足を踏み入れたら理解できた。怪我人や子供などを匿っているのだ。特に負傷者の姿は酷く目立ち、客間らしき部屋の中までうめき声が漏れ伝わる程だ。村長宅は象徴的な意味合いだけでなく、大事な命を守る砦なんだろう。
「勇者様。此度は我らが窮地に駆けつけていただき、恐悦至極にございます」
囲炉裏を挟んだ向かい側、獣皮のポンチョを着た老人が頭を下げた。動きの鈍さは、老齢だけが理由では無さそうだ。
「話を聞かせてもらおう。だがその前に、村の人達は大丈夫なのか?」
「大丈夫、とは」
「怪我人が多いんだろう。傷薬ならいくつか持ってきた。それと魔獣の素材で飯の用意だってしてやれる」
「本来であれば、我らがもてなす側でございますが」
「無理すんなよ。何度も襲撃されて、食料も奪われた後だろ。存分にとはいかないが、ほんの一口でも食えるものがあれば気分も違ってくる」
「おぉ……。なんとお優しい。国に見捨てられ、朽ち果てて行くだけの我らに寛大極まるご厚情。どのようにして報いれば良いものか……」
「喜ぶのは全てが片付いてからだ。まだ賊の一人も倒しちゃいない」
オレはミランダに料理のお願いをすると、快く引き受けてくれた。手持ちの素材で作れたのはせいぜい10人分だが、全員に1かじり程の分量を、順次食べさせていく。中には涙混じりに感謝する者まで現れたと、ミランダは肩を落として振り返った。
その一方で、オレは長らく余らせていた治療薬を分け与えた。旅立ちの日に買い込んだ物で、ミランダを仲間にして以来、使いどころ見失っている。保険として1本だけ手元に残し、他は全て村人に手渡した。
「こんな所かな。こっちも裕福ってわけじゃないから、大きな事は出来ない」
「とんでもない事でございます。勇者様のお陰で、命を繋げた者も少なくありません」
「そうか。せっかく賊を倒しても、皆に死なれちゃ意味がないからな」
再び囲炉裏の前で向き合うと、村長に頷いてみせた。すると意図は正しく理解され、事の顛末がとつとつと語られる事になる。
「このレンパイヤ村はご覧の通り、元から豊かではありませんでした。農耕と工芸品で生計を立て、どうにか食っていけるという有様でした。貧しさに耐え、時には理不尽な法令にも耐え、懸命に生き延びてきたのです」
「そこへ、賊が現れた?」
「はい。あれは一ヶ月も前の事でしょうか。突如、数騎の男達が現れ、そして消えました。衛兵や国軍ではありません。身なりからして、質の悪い人間のように思われました」
「それが雪賊団だったと」
話を聞いて、おやと思った。オレらが賊の頭目に襲われた日から10日も経っていない。時系列からして今回の敵は、双頭竜から逃げた残党ではないらしい。
「数日後に奴らは20人程で襲撃しては、あらゆる物を奪っていきました。財産も、食料も、そして女共も。我らとて懸命に抵抗しましたが所詮は素人。相手を1人打ち倒すうちに、4人5人と討たれてしまうのです」
「それでこの有様なのか」
「我らはもう長くありません。それは賊も理解しているようで、襲撃はせずに傍観する事を選んだようです。全員が餓えて死した後、この村に居座るつもりなのでしょう」
村長の言葉は理路整然としていた。しかし、言葉の端々に重たい怨念らしきものを感じる。悔しいのか、それとも理不尽な暴力に対する怒りか。その両方かもしれない。
「村長さん、もう心配するな。賊ならオレらで退治してやる。もちろん人質や財産も取り戻す」
「まことに、そのような事が可能なのでしょうか……」
「最善を尽くす。その為にも知っている事を全て教えてもらうぞ」
「無論にございます。知り得た事でしたら何なりと」
オレはまずワールドマップを開きつつ尋ねた。賊の拠点は有るのか、有るならどこか。大して期待を寄せてはいなかったものの、1人の村人が地図上の空白地を指差した。その男は木こりだと言い、他の人よりも逞しい体つきをしていた。
「この辺りに砦がありましてな、そこを根城としておるようで。連中の後をつけた事があるんで間違いねぇです」
「連中が建てたのか?」
「いえ、かつては王国軍が使ってたそうで、今は誰も使ってねぇみたいです」
「打ち捨てられた砦か……」
その時、地図に新たな目的地が勝手に描かれた。クエストの進行に伴って反映された形だった。
「良いね。これで迷わずに済みそうだ」
「他に何かお話ししましょうか?」
「敵の数が分かると助かるが、知ってるのか?」
「さぁ、そこまでは。なにぶん、襲撃を防ぐのに手一杯でして」
村長は首を横に振った。木こりも、拠点を遠目から見ただけなので、知らないと肩を落とす。となると予想してみるしかない。
村を襲ってきたのは多くても20人規模という事は、総勢で30人も居ない様に思えた。さすがに全員で荒らしに来るとは思えず、かといって拠点をガラ空きにはしないだろうから、数名の見張りくらい残すだろう。そう考えれば30人を超える事はないという結論に達する。
「思ったより多い。でも、作戦を練れば戦えそうだな」
「フェリックさん。地図で拠点の詳細をご覧になりましたか?」
「詳細はこれか……って、嘘だろ!?」
オレは地図に表示された言葉に目を疑った。魔獣の数、この場合は賊徒の数という事になるのだが、「極めて多い」と表示されていた。それだけならまだ良い。画面の端をよく見れば敵数が書かれており、そこには2056という、冗談みたいな人数が表示されていた。
「2千人超えって……、そんなの賊じゃねぇよ! 一国の軍隊レベルじゃねぇか!」
「どうなさいましたか。勇者様?」
その時、辺りは静まり返った。心なしか、負傷者の呻き声までもが止んだ気がする。
「えっと、その、アハハ。トイレを貸してくんないかな?」
「はぁ。表に出て左手にございます」
「ありがとう。ミランダ、ちょっと来てくれ」
「はい。承知しました」
聞いた通りに外に出ては左に曲がり、村長たちからの視線から外れた。これだけ離れれば会話を聞かれる心配もない。
「ミランダ、どうしようか……」
「フェリックさん。ズボンを脱がしてあげますね。後はお一人でできますか?」
「違うぞ? トイレを手伝って貰いたいんじゃないからな!?」
気を取り直して相談。内容はもちろん、異常でしかない賊徒についてだ。
「マジでどうする。オレ達3人で、2千人以上も相手できねぇだろ」
「そうかもしれません。ですが、このまま見過ごすのも心苦しくあります」
「そりゃ良心が痛むけどさ、死んだら元も子もねぇだろ。あぁ、変に勇気付けようとしなきゃ良かった」
この村に訪れて以来、幾度となく「オレに任せろ」という趣旨のセリフを吐いた気がする。叶うのなら撤回したい。そしてノザンリデルの晩餐からやり直したくなる。
しかしミランダは取り乱した様でない。かと言って殉教者の心境でもなく、それなりの勝算が見えているらしかった。
「確かに2千人というのは脅威的ですし、私たちの手に負える規模ではありません」
「そうだろ。だから、恨まれたとしても、ここは遠くまで逃げちまってだな」
「しかし不思議なのです。それだけの人数を抱えていながら、どうして襲撃では10人程度だったのでしょうか。それこそ500人ほどで攻め寄せたなら、一度きりで勝負がついたのでは?」
「うん? 確かに、言われてみれば……」
「何かカラクリが有るのかもしれません。諦めるのは、事細かに調べ上げてからでも遅くはありません」
「事細かに、ねぇ」
確かに一理ある。敵の全貌も見えていない内に逃げ帰るのも、相当な悪手だ。地図が間違っている可能性だって無い訳じゃない。
「だったらまずは調査だ。実際の兵力と、人質の居場所も突き止めて。殲滅じゃなくて奪還を考えるべきかもしれない」
「そうですよ。始める前から諦めてしまえば、手元に何も残りませんから」
ミランダが柔らかく微笑んだ。ヘタすりゃ一国を相手に戦争する程の事態だというのに。肝が座っているのか何なのか。この芯の強さの出どころが知りたくなる。
「よし、分かった。最初は偵察をメインに考えていこうか」
そう結論付けると、オレ達は室内へと戻った。さっきと変わらず村長は控えており、ケティも大人しく座っている。いや前言撤回。ケティは囲炉裏に興味を持ち、フゥと吹いては灰を無闇に撒き散らした。遊ぶんじゃありませんと釘を刺しておく。
「待たせたな村長。少し相談があるんだが」
「ええと、その、寝所でしたらすぐにご用意いたします」
「寝所? どうしてまた」
「勇者様の肉欲が暴れなさったのでしょう。トイレで仲睦まじく交わっても、我らとしては困りませんが、お連れ様が可哀そうで……」
「その為に外したんじゃねぇよ! ちょっと内輪の話をしてたんだ!」
脱線した話がどんどん明後日の方へとひん曲がっていく。これも全ては、トイレを理由にミランダを連れ出したせいか。段取りの些細な失敗がこれ程に尾をひくとは考えもしなかった。
砦での偵察はもう少し気をつけようと、下世話な話を聞き流しつつ、心に決めた。
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