第33話 降って湧いた猛特訓
キュナンと一時別れたオレ達は宿屋に戻った。後は荷物をまとめて良く眠り、出発するだけだ。
「そんじゃ明日は早いからな。ちゃんと寝ておくんだぞ」
「お兄ちゃん、ケティもそっちで寝たいよぉ」
「ダメだ。お前はもう人化したんだから、けじめを付けなさい」
「はいケティちゃん。私と一緒に寝ましょうね」
ロウソクを吹き消すと、室内は月明かりだけとなった。ガラスの形状から、ザラリとした光で青く染まる。
「腹も膨れたし、月はキレイだし、最高の夜だな……」
今宵の睡魔は早足だ。目を閉じただけで体内の疲れをドロリと撹拌(かくはん)し、眠りの世界へと引きずり込もうとする。意識がプツン、プツンと途切れていく中、それは起きた。
唐突に走る腹への衝撃。あまりの痛みに身を起こせば、みぞおちの辺りにミョンと伸びる金髪を見た。
「ケティ……お前かこの野郎」
どうやら寝ぼけているらしい。思えば、コイツはオレの胸やら腹の上で眠る事が多かった。丸まって寝息を立てる場面は、これまでに数え切れない程ある。
だがそれも過去の話。人間の、しかも女の子の姿を持つ相手と寝るわけにもいかない。それがたとえ、生死を共に乗り越えたパートナーであったとしても。
よってケティは抱きかかえての連行だ。
「ほら、お前はこっちで寝るんだよ」
「ミュミュゥ……」
「そろそろお兄ちゃん離れしろ。おやすみ」
そうして初期配置に戻れば、再び睡魔と戯れる様になる。腹に痛みは残るものの、眠りを邪魔する程でもない。
「これでゆっくりと……ゲフゥ!」
また起きる。ミョンとした金髪が見えたので、速やかに連行。
「まったく、寝相の悪さにグハァッ!」
またまた起きる。金髪。連行。
そんな事を繰り返す時、ふと異変を感じた。無防備だったとは言え、単なる頭突きが痛すぎるのだ。
「何でだ、体力の半分を持ってかれてる!?」
さすがにおかしい。目まぐるしくステータス画面を探ってみれば、衝撃的事実が瞳に飛び込んでくる。
「家なき勇者……レベル1だって!?」
ようやく合点がいった。勇者といえども初期レベルの身体は貧弱だ。防具を脱ぎ去った今、ケティの滑らかな寝相ですらも脅威的で、着実にダメージを積み重ねてしまうのだ。
そして事態を把握した瞬間にもケティの猛攻は収まらず、胸に確かな痛みが走った。もう限界だ。頬を引っ叩いてでも起こしてやる。
「ケティ、お前な。いい加減に……」
怒りと共に顔を持ち上げた時だ。オレの胸にうつ伏せて眠る横顔に、一筋の涙を見た。その軌跡が月明かりを浴びて青く煌めく。
「パパ、ごめんなさい。ケティが弱くてごめんなさい……」
口から零れ落ちた謝罪に、思わずハッとさせられた。普段の天真爛漫さから忘れがちだが、この子の生い立ちは重たい。レストール付近の森で、親御さんを弔ってやった記憶は、まだ色あせてなどいない。
ケティの謝罪は1度では済まなかった。消え入りそうな声で、そして終わり無く、亡き父に許しを乞うのだ。
「……ったく。仕方ねぇな」
オレは荷物置き場の革鎧を着込み、再びベッドへと戻った。
「今夜だけだぞ」
鎧で覆った胸元をケティに明け渡した。すると、それで安心したのか、寝顔から険が取れていく。安心してくれたらしく、これまで野宿する時は大抵がこのスタイルだった。
「さてと。ゆっくり寝させてくれよ」
そう期待していた。
しかしケティは器用にも寝転がったまま前転、背中をオレに預けて、空を走る仕草を始めやがった。結果、無数のかかと落としが脇腹に突き刺さってしまう。
「わぁいケティが一等賞、お兄ちゃんよわぁい」
「やっぱ降りろお前ぇ!」
引き剥がそうにも、オレの手をすり抜けて転がる。かと思えば、しばらくすると胸元に帰ってきて、それの繰り返し。こうなれば1度起こすしかあるまい。
「おいケティ、さっきからスゲェ事なってんぞ!」
「ほぇぇ、なぁに……?」
「やっと起きたかよ。分かったらミランダの隣で……」
「お兄ちゃんを返せ、このお兄ちゃんめ!」
「何を寝ぼけてんだ……ってあぶねぇ!」
顔の脇を拳が掠めていく。遅れて5つの風切り音。そういや、ケティの頭にはリボンが装着されたままだ。
「フミュミュミュ!」
「おい、やめろ、眼を覚ませっての!」
ケティが過去に見せた鋭い動きは今も健在だった。しかも身体が遥かに大きくなった為に、拳に宿る圧力は段違いだ。
対するオレは総毛立ちしつつも一応無事。しかし暗がりの中で猛攻を裂けきれた事は、偶然による部分が大きい。
「ミランダ、助けてくれ。ケティが面倒臭い事に!」
隣で眠る仲間に救援を求めてみれば、そっちはそっちで熟睡の真っ最中だ。これだけ騒がしくしてるというのに。
「頼むから起きてくれ、ミランダ!」
「あらあら、お爺さんお困りですか。ならば私がお手伝いしましゅう……」
「夢ん中の爺さんよりオレを助けて! ちょっとした命の危機なんだよぉ!」
こうして不本意なる格闘は続いた。やがてケティが睡魔に負け、再びオレの胸元で眠ろうとし、鋭敏な寝相でオレの睡眠を阻害し続ける。
そのまま夜は明けた。疲労困憊した身体のまま、眩い朝日を仰ぎ見る事になった。
「フワァ。おはようございますフェリックさん」
それは待望の目覚めだ。寝ぼけ眼でも頼もしい援軍だ。よどみなく身を起こすミランダには、限りのない感謝の念が浮かび上がる。
「ミランダさんや。回復を、回復魔法をお願いしましゅ」
「晩のうちに何があったんですか!?」
「当然の疑問だけど、まずは助けて……」
全身をアザだらけにして重体に陥るオレと、傍で四肢を投げ出して高いびきのケティ。一体何があったかは、当事者で無ければ想像もつくまい。
そんなオレに救いのヒーリングが与えられる。温かで泣きそうになるくらい心地よい。しかし怪我は治れど眠気は覚めず、万全の復調とまではいかなかった。
こんなコンディションで雪道を歩くと思えば気が滅入るが、約束は約束。定まらない足取りのままで待ち合わせ場所へと向かった。
「おはようごぜぇます勇者様」
「おうキュナン。準備は万端か?」
「こちらは問題ねぇですが、そちらは大丈夫で?」
「もちろんだとも。いつでも行ける」
「……本当でごぜぇます?」
キュナンが前のめりになる。よほど酷い顔をしてるのか、それはもうジックリのバッチリに覗き込まれてしまう。
「心配すんな。これはあれだ、深夜の特訓のせいだ」
「えっ、それはもしや……」
「まぁまぁ、この辺にしとこうか。恩着せがましい話は好きじゃないんだ」
「ありがとうごぜぇやす、ありがとうごぜぇやす! 村を代表してお礼申し上げますだ!」
こうして辛くも疑念の払拭に成功すると、件の村レンパイヤへと歩き始めた。レベルの初期化に加え、寝不足にも苛まれている。果たしてクエストは達成できるのか。先行き不明の未来は、雪原の底にでも沈んでる様な想いになった。
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