第32話 ゴチになりたい

 ケティを名乗る少女の話なんて、当然ながら鵜呑みには出来ない。まずはステータス画面を見せてもらう。名前は確かにケティ。持ち物はほとんどなく、宿屋のシーツとリボン。ちなみに頭装備は深紅の色味で、ファーメッジで買い与えた物と酷似していた。


「職業は無し。種族が……魔人!」


「何かね、寝っ転がってたら毛が抜けたりしてね、手足が伸びちゃったの。そしたら人間みたいになっちゃって」


「なっちゃったとか簡単に言うけどさ」


「ご飯いっぱい食べたもんね。力がギュウッて入ってきたんだぁ」


「そんな理屈で良いのかよ……」


 系譜を辿れば、親にダンシングキャットを持つ。これでおおよそは信用出来たのだが、まだ確信に至らないのは見た目のせいだろう。どう見ても人間の子を、いきなりケティだと扱うには不安が残るのだ。


「じゃあ、いくつか質問するから答えてみろ」


「はいはい。疑り深いんだから」


「オレ達のもう1人の仲間は誰だ?」


「ミランダお姉ちゃん」


「オレの生まれ故郷は?」


「レストール。たまに夜中に起きて、南のほう向いて泣いてたよね」


「余計な事は言わんで良い」


「うんゴメンね。質問はもう終わり?」


 こいつ、中々に手強い。しかも余計な一言がある所もケティにそっくりだ。


「じゃあ次の質問。オレとケティはこれまでに何回、雪合戦を繰り広げた?」


「7回やって全部ケティが勝ったんだよ。どこかで負けてあげようとしたのに、ムキになって『手を抜くな』とか叫んでた」


「クッ……。そういやあの時は大変だったなぁ。ほら、帰らずの森でキングスゴブリンに襲われた時があったろう」


「そんなの無かったよ。戦ったのはハチさん、カエルさん、ゴブリンさん。もしかして、寝ぼけて夢でも見ちゃったかな?」


 カマかけても無駄。全てを危なげなく正解するとは、これはもう認めざるを得ない。


「クソッ。オレの負けだ……!」


「これって勝負だったの?」


「誇れ。お前は正真正銘の、ケティだぞ!」


「うん。だからそう言ってるじゃん」


「とりあえず宿屋に戻ろう。ミランダも心配してる」


「えへへ。お姉ちゃん、びっくりするかなぁ?」


 帰る最中、手を繋いで歩くのだが、やたら楽しそうにピョンピョンと跳ねている。そんなケティはさておき、ミランダに何と説明したもんか。下手すりゃ少女誘拐を疑われるかも知れず、せっかく築いた立場も地に落ちる恐れがある。


 じっくり、理路整然とした振る舞いで臨むべき。そう思って宿屋へと戻ると、入り口で不安げに佇むミランダの姿を見た。順序立てて説明するため、ケティは背後に隠しておく。


「ミランダ、無事だったぞ」


「本当ですか? 良かった、安心しましたよ……!」


「それでだな、驚かずに聞いて欲し……」


「ただいま、お姉ちゃん!」


 ケティはオレの意図を読んではくれず、高々と飛び跳ね、肩を足台にして前に着地して駆けた。そしてミランダの手を取って小躍りし始めてしまう。


 台無しだ。波風立てないよう苦心した作戦は、ド頭から水の泡と化した。


「まぁケティちゃん。その姿、もしや人化に成功したのですか?」


「そうだよ凄いでしょ! これでお姉ちゃんとお揃いだね!」


「フェリックさんもお疲れ様でした。少し休まれますか?」


「あぁ……そうさせて貰うよ」


 運が良いのか、オレの杞憂も水の泡。心配や心労の分も全てが無駄だったということか。部屋に戻った頃には疲れがドバァと吹き出してしまい、起きているのも億劫になる。


「お兄ちゃん、寝てないで遊ぼうよぉ!」


 ケティがこれまでの感覚でフライングアタック。痛い。きっちりダメージ1が入るのを確認してもなお、ベッドの上で丸くなった。


「ケティちゃんは私が相手しますね。ついでに服の用意も」


「わぁい。お姉ちゃんとお買い物ッ」


 オレは背中で聞くと、手をプラプラと左右に振って返事をした。何だか凄く眠い。そんな気分だった。


 それから、夢うつつを行き来して意識を弄んだ。微睡みの中で感じる夕焼けの日差し。眩しいなと寝返りを打てば、ちょうどケティ達が帰宅した所だった。


「ただいまぁ。見て見て、こんなに可愛くなっちゃった!」


 そう嬉々として語るケティは、随分と飾り付けられたもんだ。頭のリボンにミョンと伸びる髪型はそのまま。レースの細やかな白シャツの上に、羊毛のケープを羽織っており、それは贅沢にも白桃色に染め上げられている。下は焦げ茶色の、所々になめし革をあつらったショートパンツ。さらに黒タイツ。


 どこか、領主やら大商人やらのご令嬢に見えなくもない。というか、絶対高い。


「ミランダさんん、一体いくら遣っちゃったの!?」


「それがですね。お店に向かおうとしたら区長さんにお会いしまして。事情を説明したら、お下がりをくださいました」


「えっ、これもタダなの?」


「はい。ありがたい事です」


「なるほどなぁ。皆が親切にしてくれて助かるよ」


「それだけ、フェリックさんの行いは感謝されているのですよ」


 別に大した事をした気持ちはない。感情の赴くまま、勇者を冠する悪党を殴り捨て、ヤツの収集物を取り戻しただけの事だ。オレの欲求と皆の願望が重なった結果であり、それが必ずしも一致するとは限らない。


 もしオレの意向と皆の望みがズレた場合はどうするのか。その時にも、散々に悩まされそうな気がする。


「さてと。ケティの件も決着がついたし、仕事の話を聞きにいくか」


 道すがら、ミランダ達におおまかな説明を終えた。ケティは話半分にしか聞いておらず「たっくさん食べるよ!」と不吉に叫んでは、身体能力を駆使して壁を横走りしていく。果たしてキュナンの財布は保つのか。その辺も考慮してやらねば可哀相か。


「本日は、ご多忙の中、ありがとうごぜぇます。お代でしたらアッシが持ちますんで、お気の召すまま食べてくだせぇ」


 キュナンと合流するなり案内されたのは、最寄りの酒場だった。高い店ではないものの、特別安い訳でもない。


 顔ぶれから少食と判断したかもしれないが、オレ達は食う。しこたま食う。その事実を知らん彼のアシストは必須というものだ。


「そんじゃね、ケティはね、汗血牛のジャンボサーロイン・ヒレオチボ・特盛ステーキデラックスが良い!」


 メニューを覗き見て思わず吹き出した。期間限定で、単体で2千4百ディナもする超高級品だ。見かねたミランダが「またお腹が痛くなる」と制しても無駄で、ケティは執着に陰りを見せない。早くも出番が訪れたらしい事を悟る。


「やめろっての。そんなのよりあれだ。ジャブジャブ・エシャロットの方がオススメだぞ」


「ケティ、王様料理を食べたいよぉ。ダメなの?」


「何だよ知らんのか。エシャロットと言えば姫様やら貴族の娘さんがこぞって食べる、王宮御用達の食材なんだぞ」


「えっ、そうなの? ほんとに?」


「疑うなら好きにしろ。オレはエシャロットを食う」


「ケティも食べる、お姫様のやつ!」


 作戦成功。何せ2千4百が80にまで下がったのだから。涙目で震えるキュナンに、オレは無言で何度も頷いた。こっちは任せろと伝えたつもりだ。


 そして幸いな事に、見知らぬ料理は想像以上に美味かった。塩ベースのスープに魚のほぐし身とスライスしたエシャロットが浮かび、その上からトロリとしたバターが乗せられている。シンプルだが飽きの来ない味わいだ。ケティはもとより、オレまでも夢中になって食いついてしまう。


「あのう、お食事はお済みですかねぇ?」


 キュナンが所在なさげに呟くと、ようやく主目的を思い出す。


「すまんすまん、腹減っててさ。そんで、依頼をしたいって?」


「へぃ。アッシらの村を救ってもらいてぇんです」


「救うって、何から?」


「突如現れた賊です。雪賊団という、それはもう残虐でおっかねぇ奴らなんです」


「雪賊団……!」


 まさか生き残りが居たとは。双頭竜に絶滅させられたとばかり思っていたが、上手いこと逃げ切ったのか、それとも別働隊が残党と成り果てたのか。真偽の程は分からんが、浅からぬ縁を感じた。


「お願いしやす。金も食い物も、女達も持ってかれちまって……。せめて家族だけでも助けらんねぇと、死んでも死にきれねぇです!」


「なるほど。気持ちは痛いくらい分かったよ」


 これは自分の落ち度かもしれない。賊の出没を他人事と思わなければ、魔獣頼みにしなければ、防げた不幸だったとすら感じられる。


 念のため、2人の意思を確認しておく。難色を示すようならば、オレ1人でも請け負うつもりだ。


「ミランダ、どう思う?」


「いかなる理由があれど、善良な人々に害を為す行いを許すべきではありません」


 ミランダは伏し目がちながら、全身に確かな闘気をたたえていた。


「ケティはどうする?」


「お腹ペコペコは辛いもん。ケティ、頑張っちゃうもんね!」


 そう言って虚空に拳を振るった。1アクションでも風切り音は5つ。リボンが発動する魔法は健在で、頼もしく感じられた。


「という訳だ。事情からして急いだ方が良い。明朝に中央広場で落ち合おう。ここへ戻る予定が無ければ荷物もまとめておくんだ」


「ありがとうございやす、ありがとうございやす! 何とお礼を申し上げれば良いか……」


「じゃあ明日は宜しくな」


 話が決まって席を立とうとしたが、ケティだけは席から離れようとしない。


「ねぇお兄ちゃん。もう1杯だけ食べて良い?」


「ケティ。もう食ったろ、そろそろ帰って寝るぞ」


「まだ足りないの。ねぇもう1杯、もう1杯だけ」


「参ったな……ったく」


「勇者様、アッシとしては構いません。育ち盛りの娘さんじゃないですか。じゃんじゃん食べてくだせぇ」


 あぁ余計な事を。そう思った時には既に手遅れ。勢いづいたケティは何度も注文を重ね、二刀流のスプーンを目まぐるしく回転させた。


 そうして積み上がる皿の山。それが自重でバランスを怪しくさせた頃、やっとケティが終わりを宣言した。


「ふぅ。程々が良いんだったよね?」


 唖然。人の身体を得て、これまで以上に食うようになったのか。言葉が財布に直撃した気分になり、何となく懐に痛みを覚える。


 ちなみにお支払いは1千ディナを上回った。余計な一言さえ無ければ300かそこらで済んだものを。ぎこちない仕草で会計を済ますキュナン。その立ち振る舞いがどうにも哀れで、結局はオレも半額支払うことで晩餐は終わりを迎えた。堪えてくれよ、オレの財布。

 

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