第29話 騒動の着地点
奪われたものを取り返したい。それは真っ当な理屈だろう。奪ったならキチンと返す。贖罪(しょくざい)の手始めとして最適な行いだろう。だがオレの場合はどうか。頼まれたのは前勇者の尻拭いであり、オレ自身が犯した罪ではない。
まぁ放っておくのも寝覚めが悪いし、可能な限り協力しようとは思う。だが、不透明な結末への見通しは暗い。
「盗品はちゃんと残ってんのかな、オレは知らねぇぞ」
勇者の館はノザンリデルを出て、東へしばらく進んだ方にある。ワールドマップのおかげで道を見失う心配はない。そもそも迷うような距離でもなかった。
道すがら、ミランダは普段の様子を取り戻していた。人の役立てる事が嬉しいのかもしれない。語りかける口調も滑らかなものだった。
「仰る通り、皆さんにどれだけお返し出来るか分かりません。くまなく調べてみるべきでしょう」
「うん。がんばろっか」
そう告げると、ミランダが手元の品を抱きかかえた。布で包まれた中身は、折れた杖の残骸だ。直してやりたい、金さえあれば。手持ち百ディナの財布が恨めしい。
「チクショウ。勇者の資産が盗品じゃなけりゃ、今頃は大金持ちだろうに……」
ボヤキは風にのって新雪の原野へとさらわれた。後に残ったのは、ケティが口ずさむミュウミュウという小粋な歌だけである。
沈んだ気持ちの整理が付かぬうちに、オレ達は辿り着いた。勇者の館。しかしその規模は館の範疇に収まるものではなかった。
「でけぇ……これが個人宅かよ」
敷地だけでも30軒分の広さはある。外敵を警戒してか、グルリと囲むレンガの壁は高く、外から内の様子を確かめる事は出来ない。鉄の門を押し開いて踏み込めば、まずは庭が出迎えた。
「あれ。思ったより雑然としてるな。もっと贅を凝らした感じかと思った」
広大な庭はろくな手入れがされていなかった。草は乱雑に伸び、生存競争に負けた花々は萎れ、大木の枝葉も成り行きに任せるままだった。そんな中で精巧な石像が放置されている。高価な品に見えるが、それも雑草に囲まれてしまえば宝の持ち腐れというものだろう。
「ここら辺は雪が積もってないんだな、何でだろ」
「魔術的な建築法を用いれば、自動的に雪を溶かす事も出来るそうです」
「そうなのか? 知らなかった」
「ノザンリデルの街も同様です。大通りに積雪が無かったのは、その為ですね」
「なるほど。てっきり小まめに雪かきしてるもんだと思った」
雑談を重ねながら石畳を歩いていく。そうして館の玄関に辿り着くと、やはりその大きさに驚かされた。外観もレンガと石を織り交ぜた造りで、少し洒落たデザインのように感じた。
「さてと。鍵はかかってるのかな」
取っ手を引いてみると、大きな扉はギギギと重たい音とともに開かれた。それから踏み込んだ館の内部は、ちょっとした宮殿のように見えた。
空間を形作る白い石材と大きな窓のせいか、視界は妙に明るい。正面の階段は吹き抜けで、意匠の凝った手すりは二階へと伸びている。そして所々に飾られているツボだの絵画だのは、どれもお高い品なのだろう。オレには全く価値が分からないが。
「さてと。手当たり次第に探しますか」
盗まれた金品はどこにあるのか。オレは倉庫や宝物庫みたいなものを想像したのだが、探索して間もなく予想が外れた事を思い知る。一階の部屋をいくつか通り過ぎただけなのに、何の脈絡もない武具だの小物だのが雑然と置かれていたのだ。それは意図的にというよりか、とりあえず部屋の脇に寄せたという印象だった。
「全然管理してねぇじゃん。片付け下手かよ」
「これらは全て盗品なのでしょうか。フェリックさん、調べてみませんか?」
「良いけど、どうやって?」
「識別は簡単です、魔法だって要りませんから」
ミランダはそう言うと、物で散乱する山の中から髪飾りを取り出し、自身のインベントリへとしまった。くすねたのか、などという疑念を抱くほど、彼女の性質を知らん訳ではない。
「こうする事で、アイテムの詳細画面へアクセスする事ができます。ご覧ください。ここに名前があるでしょう」
「本当だ。赤い文字で書かれてるな」
「この方が正当な所有者で、文字が赤いのは盗品である事を表します」
「なるほど。これで識別が出来るって訳か」
「はい。大変な作業ですが、頑張りましょう」
「えっ……」
この瞬間になって、ようやくヤバさに気づく。まさか、何百何千とある品を1つ1つ吟味して、選り分けようというのか。そんな途方もない作業を3人、実質2人だけで片付けるとか、どう見積もっても現実的じゃない。
しかしミランダはやる気だ。両手の拳を握りしめ、頼もしいほどの鼻息を見せつけた。
「あのさ、識別は街の人たちにやってもらおうよ。オレ達はこの辺のアイテムを集めて、街へ持っていくだけにしたい」
「確かに。確認に時間が掛かれば、それだけ街の人たちに不利益が生じるかもしれません」
「だろ。だったら効率的にいこうぜ」
「しかし、これ程の量をどうやって運ぶおつもりですか?」
「どっかに荷車くらいあるだろ。アイツらだって、街から運び出すのに使っただろうから」
オレの予想だが、今度は見事に的中した。館の裏手に1両の荷車が放置されていたのだ。比較的新しく、コンディションは悪くない。少し使う程度なら問題ないハズだ。
「それじゃあ、盗品を裏口の辺りに集めようか」
「はい、そうしましょう」
「ケティ。その辺にあるのは街の人に返すやつだからな、あげないぞ」
「ミゥゥ」
ケティが光物を転がして遊ぶのを制して、仕事に着手した。割れ物や貴重品には気を配りつつ、サイズやジャンルで最低限の分別をし、階段のある広間に集めていく。硬貨の詰まった財布に貴金属、立派な武具や芸術品。それらを奪う理由は分かりやすいが、中には首を捻りたくなる物も少なくなかった。
「おたまに鍋、雑巾。どうしてこんな物まで……」
「日用品も欲しかったのでしょうか?」
「その線は無いだろ、整頓すらしない連中だ。家事に勤しむとは到底思えない」
そこでふと浮かんだのは、我ながら嫌になる程の発想だった。もしかすると連中は、街の人を苦しめる為にやっていたのでは。私腹を肥やすだけでなく、人々をいたぶる事まで狙っていたのでは。そう思うと背筋が凍りついた。
それが答えだとしたら、やっぱりとんでもない悪党だ。もう数発殴ってもお釣りが来る程の邪悪さだと言える。
そうして、悶々とした疑念を抱えていると、ミランダが別室から戻ってきた。手に一冊の本を携えている。
「フェリックさん、これを」
「魔導書か何か?」
「日記のようです。勝手に読むのは気が引けますが、騒動の原因を掴めるかもしれません」
「確かに。そんじゃ拝見しようか」
遠慮するミランダを余所に、オレは何の抵抗もなく開いた。そこには短いながらも、日々の記録が心情も交えて綴(つづ)られていた。
「ええと、5月8日。今日は記念すべきゲームが起動された日。ユーザーには変な名前を付けられたけど、何か由来があるのかもしれない。めげずに頑張ろう」
「耳慣れないお名前だと思いましたが、そんな経緯だったのですね」
「5月10日。仲間を揃え、旅に出てから2日が経つ。ファーメッジから王都へ向かうのが正式ルートだが、足取りはフラフラとし、なぜかノザンリデルを目指している。道中で戦った事は一度も無く、全ての戦闘で逃げ回る。こんなやり方でゲームクリアなんか出来るんだろうか」
「では、あの方々がレベル1だったのは……」
「無茶なプレイの結果みたいだな」
日記に刻まれたのは苦悩だった。悩み、苦しむような気配が言葉の端々から伝わってくる。
「5月13日。ノザンリデルに到着、勝利回数はゼロのまま。金がないので、ユーザーの指示に従い、町中を物色して資金を得る。人々は抵抗する意思を見せない。いっその事、恨んでくれた方が気も楽だろうに」
「意外です。罪悪感を覚えていたのですね」
「5月20日。ゲームが起動されなくなって何日も経つ。ボク達は見捨てられたのか。故郷に帰りたい。しかしレベル1のままでは危険な旅を踏破できないし、旅費だって無い。空腹から街の人のお金を拝借する。堪えかねた街の人が襲ってきたが、その男は衛兵によって捕縛された。僕らには大いなる権利がある事を思い出す」
「随分と追い詰められていたようですね」
日記に続きはあるが、少し日が空くことになる。ページをめくって見た所、少し雑になった筆跡が瞳に飛び込んできた。
「5月30日。今日もうっとおしい雑魚どもが反抗した。見せしめに何人か切り刻むと大人しくなる。バカが、クソが。ゴミカスの底辺連中がボクに楯突くなんて、畏れ多い事だと思い知らせてやらなきゃ」
「えっ、急にですか?」
「この10日間に何があった! 完全に別人じゃねぇか!」
ミランダと顔を見合わせたが、お互いに驚愕の顔を晒すだけだ。それからも読み進めてはみたものの、口にするのも苦痛なくらい、汚らしい言葉で埋め尽くされていた。
「よう知らんが、闇に落ちたみたいだな」
「最初こそは真面目さが窺えたのですが」
「まぁ、絶大な権力は人を狂わせるからな。そんな感じだろ」
もうアイツの脳内を覗くのは十分だ。日記をテーブルの上に置くと、作業を再開した。そうして太陽が真上に昇った頃、ようやく膨大な量の盗品を整頓し終えた。
「よし。目ぼしいものを積めるだけ積んで、1回街へ戻ろうか」
「お金に宝石類。凄い量ですね。富豪でもここまでお持ちでは無いでしょうに」
「この1割でも貰えたら、オレ達もだいぶ潤うのにな」
「フェリックさん。些細な悪事から、人は転落していくものですよ」
「分かってるよ、言ってみただけだ」
財を満載した荷車を引いてみる。やはり重たい。渾身の力で、全体重まで乗せる事で、ようやく車輪は回り始めた。ちょっと重量感を舐めてたと思う。
そうして汗だくになってまで輸送に勤しんだ。上り坂はトラウマになる程に辛く、ミランダの補助と、ケティの応援でやっと登りつめたという有様だ。
街まで大した距離でなかったが、到着する頃には脱力感に支配されてしまい、足の筋肉など悲鳴を上げる程だった。そして、悲鳴をあげたのは街の人々も同じだった。
ただしそちらは、嬉しい方の、という違いがある。
「勇者様、それはもしかして……」
「勇者が溜め込んだ盗品だ。残されてる物は全部返すから、皆にも伝えておいてくれ」
「誠にございますか!?」
住民は狂喜乱舞し、手当たり次第に声をかけては駆け去っていく。次第に、真偽を確かめようとする人が何人も現れるようになる。人々の中には区長の爺さんの姿も見えた。
「やぁ爺さん。約束通り持ってきたぞ」
「あぁ……。まさか本当に取り戻していただけるとは。皆を代表して、心より御礼申し上げます」
「それよりさ、人を貸してくれよ。まだまだ残りが多すぎて、オレ1人じゃ運びきれないよ」
「気が利かず、大変失礼しました。すぐに若い者を集めますので」
「あと、不動産屋も呼んでくれないか」
「構いませんが、いかがなされました?」
「ちょっと用があってな」
オレは既に閃きを得ていた。館の中にある品々は街の人のものだから、全てを返す必要がある。しかし建物はどうだ。誰から盗んだ、という話は聞かない。つまりは勇者の肩書を引き継いだオレの所有物であり、売れば高値が付くに違いない。何せ見たこともない豪邸だ。百万や2百万という話にまで発展するかもしれない。
金が手に入ればミランダの杖だって直せるハズだ。修理代を差し引いた残りは、何と言うか、快適な旅の費用とさせていただく。宿にしろ装備にしろ。
そんなバラ色の未来を描きつつ、不動産屋を連れて向かったのだが。
「ええと、しめて2千ディナという所ですな」
資産価値を確かめたら、まさかの買い叩き。レストールで売り払った小屋と大差ないとか、流石に冗談としか思えなかった。
「またまたぁ。ゼロが2個くらい足りないぞ?」
「いえいえ、適正価格です」
「本当に?」
「本当の本当です」
「今なら撤回しても良いんだぞ?」
「何度問い合わせがあろうと、2千は2千です」
「そんな訳無いだろ、新築の豪邸だぞ! ちょっと手入れをすれば見栄えだって良くなるから!」
「ここはあのモケヌケケ一味が住みついた、いわくつきの館です。どんな因縁があるかも分かりませんから、買い手などつきませんよ」
それも正論だと思う。確かに、心底恨んでいる街の人々が、この館に住むだろうか。きっと、誰もが拒絶するだろう。
「どうします。話が終いでしたら、ここで失礼いたしますが」
オレは悩みに悩んだ挙げ句、館の所有権を売り渡した。書面にサインすると、手元に銀貨が乗せられた。チンマリとした2枚ぽっちが。
「なんつうか、つくづく金に縁が無いよな、オレって」
ここでも渇いた笑いが起きる。金をくれるだけマシだが、アテが外れたという感覚は強く、しばらくは呆然と銀貨を眺めるばかりだった。
その一方で、館の傍は大賑わいだ。資産を、あるいは大切な品を取り戻した人々が、歓喜の声を響かせるのだ。それらを見聞きするうち、悪い着地点ではない、と思えるようになった。
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