第15話 万緑のお茶会オカワリ

 オレは確かに宿屋で眠ったはずだ。ミランダと反対側のベッドに転がり、枕元にケティを寝かしつけるうち、たぶん寝入ったんだと思う。それがなぜ、風光明媚な景色を眺めているのか。


 そして、外であるにも関わらず、優雅に茶をたしなむ女も不審と言えば不審だった。


「ウフフ。悪知恵を働かせると、ロクな事が起きませんニョロ」


 オレを知った風の口ぶりで、謎の女はクスクスと笑い声をあげた。もちろんこっちは1度さえも面識はない。


「あのさ、アンタは誰……」


「私は管理者アドミニーナで女神とも呼ばれる存在で貴方の記憶に無くとも特別なるお茶会は4回目で今回の事もきっと忘れるでしょうが魂には諸々刻み込まれています、ちなみに語尾が怪しいのはバグのせい。よろしいですか?」


「お、おうよ」


 怒涛の勢いでまくしたてられたが、なぜか全てを受け入れてしまった。まるで、昔に読んだ本の内容を再確認でもしたかのような感覚がある。


「それにしても残念でしたね。一攫千金の夢が潰えてしまって」


「言うなよそれ。まだ腹立ってんだぞ」


「大豪邸を構え、数多の美女を並べてはケツ祭り。そんな夢も当分はお預けでしょうか」


「なっ、何を言うんだ君ィ! 紳士たるこのオレが、そんな下卑た願望を……」


「おや。では当時の貴方の思考を精密に再生させましょうか? 管理者権限があれば容易い事ですモチ」


「すんません、マジで勘弁してください」


「色事も程々にしなければ、身体の毒ですよグヘヘ」


 やっぱり語尾が気になる。たおやかな笑みで言うもんだから尚更だ。


「こちらとしては、衛兵に感謝していますよ。貴方には世界を救う使命があるのですから、一介の村人で終わられては困るのです」


「その世界を救うってのがピンと来ねぇよ」


「定義としては、バグの駆逐です。貴方はデータ内で最も私と親和性の高い存在。全てとはいかなくとも、私の力を操る事も可能となるでしょう」


「親和性が高いって何だよ」


「これは制作スタッフのミスで、貴方のデータは私をコピーして作成されたようです。もちろん、大幅に劣化させた上で、技能も全て破棄されましたが」


「そうなんだ。全然分からねぇ」


「私と根っこを共にする存在である、とだけ覚えていただければ十分ですよ阿呆め」


「何で急に罵ったんだ!?」


「語尾です。そうカッカなさらぬよう」


 卑怯な言い回しだ。アドミニーナが涼し気な顔で紅茶を飲むのを見て、オレは頬が引きつる感触を覚えた。オレの席にも紅茶はある。それを啜ってみればメチャクチャ美味い。急な不機嫌すらも溶かしていくような、濃い味わいだった。


「貴方は身を持ってしてバグの脅威を経験しました。アイテム消失、魔獣の異常分布、人格や法の改変。その都度対応できたようですが、これからも次々と目の当たりにする事でしょう」


「人格や法の改変って何だよ」


「衛兵の不審さ、メンバー外からの素材取引を禁止」


「素材取引って……あれもバグだったのかよ!?」


「元の仕様に無かったルールです。この世界は勇者にのみ焦点を当てて創られました。本来であれば、わざわざ一般キャラを弾く設定など不必要なのです」


「じゃあ、1日に3千ディナがどうのってのも……」


「同様ですニャン」


「何てこった。バグの野郎、オレの荒稼ぎを奪いやがって……許せねぇ!」


「富への過剰な執着は身を滅ぼしますよ」


 この憤り、そして哀しみ。かつて抱いた中で一番濃いものが込み上げてくる。もっとも、今までの人生が簡素過ぎたという意味でもあるが、ともかく胸の中が満杯だ。


「その調子です。バグの生態を掴みつつ、学んでいってくださいね。そして十分な強さを得た頃には、貴方もバグと対等に戦う事もできましょう」


「いや、そもそもさ。オレは世界を救うなんて柄じゃないぞ。自分の幸せを追い求めたいだけなんだ」


「では、幸せを探す傍らで、ついでに世界を救うのいうのは?」


「ながら作業に収まるサイズじゃねぇよ」


「今はそう思っていても、貴方は対峙せざるを得なくなる。もはや傍観者を貫ける時は過ぎました」


「縁をつむいだってやつか?」


「厳密に言えば違います。貴方は何もしなければ、バグにあっさりと食われるだけの運命でした。数奇なる縁を授けたのは、その未来を変えるためです」


「何だよそれ。恩に着ろってのか」


「そんなつもりはありません捻くれ者のドスケベ野郎め」


「今のは罵ったんだよな!?」


「語尾です」


 食えないヤツだ。悪びれた様子もなく紅茶を飲んだかと思えば、鼻から満足げな吐息を撒き散らしている。しかもその端っこが対面席にまで届くんだから、どんだけの肺活量かと罵り返したくなった。


「さて、話しすぎて疲れました。今宵はこの辺りにいたしましょう」


「喋っただけで疲れんのかよ」


「私は延々と戦っているのです。意思を持つ   バグという恐るべき者を相手取って」


「ふぅん、神様も大変だな」


 アドミニーナは音もなく立ち上がると、スカートの裾を指先でつまみ上げた。そして酷く優雅な礼を見せた。


「ではフェリック、ごきげんよう。目覚めたら武具屋に向かいなさい。貴方の持つ『ちょっぴり幸運』の恩恵があるでしょうから」


「あいよ。言われなくても行くつもりだ」


「バグに侵されたデータには気を付けなさい。油断すれば、貴方も甚大なる被害を受けてしまいます」


「うんうん、ありがとありがと」


「世界を注意深く見る事です。たとえ絶体絶命の窮地であっても、解決法は存在するものです。道を隠すのは常識やこだわり、固定観念であることをお忘れなきよう」


「はいはい、気をつける」


「あとそれから……」


「話長ぇな! 疲れたんじゃなかったのか!」


 そう叫んだ瞬間、何か腹の冷えそうな気配を感じた。発信源はどこかと見渡すが、光景に大した変化は見受けられない。太陽は変わらず眩しく、風も冷える程強くはない。


 ただ、アドミニーナが笑みを浮かべたまま、じっとオレを見据えていた。無言を貫くのがまた不気味だ。しばらく向き合ううちにようやく気付かされた。


 機嫌を損ねてしまったのだと。


「そうですか、そうですか。話が長くて面倒くさい女だと言いたいのですねクソが」


「おい、何で怒ってるんだよ」


「怒ってなどいませんし。これでも神様っぽい立ち位置なので、寛容にして全知全能ですし」


「だったら話はお終いだよな、帰って良いんだよな」


「それでも思うのです。私が昼夜を問わず世界を守る間、貴方は何をしていますか。可愛い子猫に癒やされ、堪んねぇ身体をした女と朝からイチャイチャ、日暮れもイチャイチャ。まるで青春を謳歌する旅行みたいですよねゴミ虫野郎」


「成り行きの結果だ、仕方ないだろ」


「日夜必死に頑張る私に対し、お気楽な貴方が暴言を吐くだなんて、そんな粗相が許されますか? せっかく前回の去り際に良い雰囲気を残したのに、これはもう許されませんよね。はい決まり、天罰確定」


「許さないってんなら、どうすんだよ」


「こうします」


 アドミニーナは卓上の青いバラを手にとった。美しい花弁とは裏腹に、茎にズラリと並ぶ棘が痛々しく映る。


「ケツを出しなさい。このバラをブッ挿して素敵オブジェにしてあげましょう」


「フザけんな。誰が応じるかっつの!」


「安心なさい。目覚めれば、全てを忘れてしまうのですから」


「それでも嫌なもんは嫌だ!」


 オレは脇目も振らずに逃げた。丘を駆け下り、段差を飛び越し、豊かな草原の中を進んでいく。


 アドミニーナはと言うと、やたら速い。オレと大差ない速度でピッタリと続き、しかも薄笑いまで浮かべている。素直に怖い。


「目覚めろ! オレの身体よ、早く目覚めてくれ!」


 隠れ場のない原野を駆けずり回りつつ、胸の内を晴空に投げつけた。だが願いは届かず。オレは風光明媚な大地を走り続け、ついには追いつかれてしまった。

 

「さぁ覚悟なさい。新たな扉を開いちゃいなさい」


「やめろ離せ、疲れはどうしたんだよ!」


「えぇそれはもう死ぬほど疲れてますが、罰を与えねばならぬのでクケケ。女神の責務は何よりも重たいですからウケケケ」


「何が責務だ笑ってんじゃねぇ!」


「これは語尾だと言ってるでしょう!」


 挿そうとするアドミニーナ、対して全力で防ぐオレ。ついには力での押し合いになるのだが、そこそこ互角で決着がつかない。その結果、腕力に物を言わせるのを諦め、ついには延々と罵り合う事態へと発展した。


「お前全然ダメ! 女神っぽくないし、妙に気が短いし!」


「ふふぅん、残念でした! 私の職業に管理者って刻まれてるんですぅ。しかも星マーク付き、つまりは変更不可の絶対的ステータスなんですからぁ!」


「管理者であっても女神とは書いてないだろ!」


「そこは役得なんです、女神なんて呼び名が超絶ステキだから、そう呼ぶことにしたんですぅ」


「なんだよ、つまりは自称女神かよ!」


「自称って言うんじゃない!」


 舌戦は意識の途切れる瞬間まで休みなく。じっとりとした疲れが酷い。果たして目覚めた時、爽やかに起きられるか。無理である方に10ディナ賭けても良い。

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