第14話 お金も大事
売れない素材なんか抱え込む必要はない。じゃあどうするかは聞くまでもない。村の郊外で夜を明かしたオレ達は、豪勢な朝ご飯に舌鼓を打った。
「あぁうんめぇ。この牛ステーキは最高だな!」
「ミュウミュ!」
「もしかして腕があがった?」
「錬金術のスキルにポイントを振っておきました。まだ初級の範疇ですが、精度が上がったのかもしれませんね」
「ミュミュウーー!」
「こらケティ。それはオレのお肉だぞ」
「フフッ。新しいのを焼きますから、良い子にしててくださいね」
素材をゴチソウに変えて楽しく腹ごしらえをしたなら、次の用事だ。まずは村へと向かい、観光客目当ての露天をくぐり抜け、到着したのは地元の商店街。その中の武具店に足を運び、古めかしい木戸を押し開けた。
「いらっしゃい! 今日も名品が揃ってるよ。うちの剣は何でも斬るし、鎧だって全てを弾くってね」
オレは問わずにはいられなかった。ここの剣と鎧で争えば、果たしてどちらに軍配が上がるのかと。すると店主は「それは野暮な質問だぜ」と、太鼓腹を揺すって大笑いした。
それはともかく品定めだ。
「ええと、鉄の長剣が7千ディナ。フランベルジュはダガーとセットで1万5千、鋼鉄の両手剣が2万か」
「フェリックさん。お金も無いのに、どうしてお店屋さんに?」
「買うとしたら、いくら必要なのかを把握したくってね。まぁ金を稼ぐ算段もないんだけどな、アハハッ」
「そうですね。どうにかして、収入を得る事も考えるべきでしょうね」
「銅の盾3千に皮鎧が5千。うげっ、フルプレートメイルは6万ジャストか。これはケツ毛を売ったとしても買えそうにないな」
「お尻の毛がお金になるんですか? だとしたら、私、恥を忍んで頑張ります!」
「いや軽口だから、本気にするなよ!?」
一通りの値段を眺めた後、フラフラと店を後にした。打ちのめされた様な気にさせられ、足の赴くままに歩いてみる。そうして辿り着いたのは随分と立派な噴水だった。この村は存分に潤っているのだろう、2つの意味で。
それはともかく、横並びになって縁に腰かけた。ケティなどは噴水が気に入ったらしく、座りながら手を伸ばし、揺れる水面を叩いて遊びだした。
「びっくりするくらい高かったな、あのお店」
「そうですね。でも、中古品や見切り品なんかは比較的お手頃でしたね」
「隅っこにゴチャッと置いてたやつか。確かに、桁がひとつ違ってたけど……本当に前途多難だなぁ」
「フェリックさん。私の分でしたら不要です。この装備も、まだしばらくは保ちますから」
ミランダがこちらの顔を覗き込む仕草をした。必然的に前かがみとなり、胸元のアレが柔らかそうに形を変えた。
「眼のやり場に困るから、それは却下だ」
「眼のやり場、ですか?」
「そうだよ。だからせめて、普段着くらいは買っておくからな」
とは言ったものの、何をすれば良いか。しばらく考えていると、不意に疑問が浮かんできた。
「ミランダはオレと出会う前、どうやって金を稼いでたんだ?」
「用心棒と言いますか、助っ人ですね。ギルドを介した正式な手続きではないので、比較的安値で請け負いました」
「おっ、それ良いねぇ。早速これから……」
その瞬間、脳裏に駆け巡るものがあった。冒険者風の男たちが「ホームレスなんか要らねぇよ、治療師だけ連れて行く」とか、「何なんだこの女は、罠を散々踏み抜いたぞフザけんな」だとか、アツく罵るシーンを。
「挑戦するのは止めておこう。スゲェ嫌な予感がする」
「そうですか。では別の手立てを考えましょう」
それからしばらくは、噴水の傍に居座った。思案顔のミランダ、変わらず遊び続けるケティ。オレはそれらを横目にしつつ空を見上げた。
一面にブワァと広がる青、気まぐれのように点在する薄雲。すると大空を舞うかのような心地になり、付近の喧騒が徐々に遠のいた。そしてふと思う。自分の暮らしぶりは大きく変わったもんだと。少なくとも、レストールで捨て扶持(ぶち)を貰っていた日々とは雲泥の差だ。
しかし、懐かしい気分に浸っている場合でもない。顔を正面に戻すと、何やら騒がしくする男の姿を見た。馬車の前で声高に叫んでいるのだ。少しばかり気になったので話を聞いてみる事にした。
「どうした。何かあったのか?」
「おう聞いてくれよ。うちの馬が動かなくて困ってんだ。今すぐにでも王都へ向かいたいってのによ」
馬とは言うが、これはブラッドホースという魔獣だった。調教済みであるから、暴れだす心配は無さそうだ。
「ブルッヒヒン」
「ふぅん。右後ろ足が痛むから、治療して欲しいってさ」
「ハァ? 何言ってんだアンタ」
「いいから見てみろよ。きっと何かがあるはずだ」
商人風の男はしかめっ面を見せはしたが、すぐ地面に這いつくばって足を見た。
「あっ、本当だ! いつの間に怪我を?」
「ブルルル」
「身体と車体が近すぎる。だから本気で駆けた時、足を端にぶつけちまうってよ」
「そうだったのか。すまんすまん、もう少し調整してやるからな」
男は回復薬を塗り込み、次いで馬車の調整も完了した。それで馬は喜んだようで、ニッと大きな歯を見せてくれた。
「いやぁ兄ちゃん助かったよ。少ないがこれはお礼だ」
「えっ。良いのか?」
「さっきも言ったが急いでる。ろくな礼が出来なくてスマンよ」
そうして男は馬車を走らせていった。手渡された革袋には、なんと500ディナも入っているではないか。話を聞いただけでこの報酬。ジワリジワリと、腹の底から未知なる感情が込み上げてきた。
「なぁ、ミランダさんや」
「はい、何でしょうか?」
「その、なんだ。困ってる人を見捨てるというのは、罪な事だと思わんかね」
「仰る通りかと」
「よし。片っ端から声をかけるぞ。家畜とか、ペットでお困りの人を探しだすんだ!」
「分かりました。すぐに始めましょう」
「さぁ行くぞケティ」
「ミュウミュ!」
「噴水遊びなら、また後で楽しめば良いだろ」
それからオレは村の方々を駆けずり回った。すると意外や意外、言葉が通じずに頭を悩ませている人は少なくなかった。
「最近、うちの馬が元気なくって。もう歳なのかねぇ。魔獣の馬は寿命が長いって聞いてるけど」
「虫が気になって眠れないみたいだ。何か心当たりは?」
「そういや、今年はあまり虫が湧いてないから、殺虫剤を忘れてたな。今晩にでも試してみるよ」
「そうしてやってくれ」
「助かったよ、お代はいくらかね?」
「まぁ、お気持ちの分だけ」
依頼をこなす毎に、チャリンチャリンと財布は膨らんでいく。
「屋根裏にダンシングキャットが巣を作ったみたいだ。うるさくって敵わんが、駆除するのも気が引けてねぇ」
「交渉したぞ。手頃な木箱を用意してくれたら、屋外に移るってさ」
「そうかい。じゃあ軒下にでも置いておく」
「はいよ。お代はお気持ちの分だけな」
チャリンチャリン、チャリン。なんてボロい商売だろう。順風満帆なんてレベルじゃない。まるで、吹き荒れる突風に帆が破けて漂流していたところを軍艦に拾われたような、絶対的な手応えがある。
「うちのデスリザードちゃんが、ここ最近食欲が無いのよね」
「なるほど。エサを残しがちだと」
「ご飯よ。そこを間違えないでくださる?」
「イエス、マダム」
「お医者様に見せようにも、魔獣の専門医なんて居やしないでしょう。だからせめて、この子の気持ちだけでも知りたいの」
「ふむふむ。どうやら、前のエサ……ご飯が食べたくて仕方ない、らしい」
「ンマァァ。最近別のお料理にしたんですけど、あんな安物が良いのかしら? 今朝にお残ししたご飯なんか、1食で5万ディナもしますのに」
「ご、ごまん……」
「まぁ結構ですわ。ありがとう、お代はいか程かしら?」
「えっとですね、その、エッヘッヘ。お気持ち分だけ頂戴できればなと、ゲヒヒ」
「今、細かいのを切らしてるの。良いわ。少し大きいけど、金貨で良いわよね?」
「ウェへーーイ! 御用命ありましたらいつでもお申し付けくださいませグヘヘ」
こうして日暮れを迎えた頃、財布はとんでもない事になってしまった。パンパンのパンに膨らんだ中身は金銀銅の硬貨が満載で、片手で持ち上げるのが辛くなるほどだ。
「すっげぇ……。たった1日でこの稼ぎかよ。ざっと数えて、1万5千くらいあるぞ」
「遅くまでお疲れさまでした、フェリックさん」
「もしかして、神託所に行かなくても良いんじゃないか。ここで店を構えて、通訳家として活躍した方が良いんじゃないか」
旅とか成長とか、もうどうでも良い。楽して大金を稼げるのなら、オレじゃなくても飛びつくもんだろう。この村で一旗揚げてボロ儲けしてやるんだ。
「よっしゃ。明日からもガッポリ稼がせて貰おうぜ!」
そう決意を新たにした瞬間、背後に何か砂を噛む音を聞いた。振り向けば、立派な鎧に身を包む男の姿が見えた。
「やぁやぁどうも来訪者さん」
「何だよアンタは?」
「僕はねぇ、ここの衛兵なンだけどね」
男は首元から勲章を取り出した。青銅細工、正当な身分を示すもので間違いない。だがそれを見た途端、なぜか、内臓をワシ掴みにでもされたような錯覚を覚えた。
「そ、そうか。何か用?」
「この辺りにね、無許可で荒稼ぎした金の臭いを感じたンだよ。衛兵ね、気になって仕方ないンだわ」
「無許可って、どういう事?」
「知らないのかい来訪者さん。商いするなら原則、商工ギルドの許可が必要なンだわ。まぁ小口の取引は見逃してンだけどね」
話を聞いてみるに、一般人でも日に3千までなら眼を瞑ってくれるそうだが、もちろん初耳だ。ミランダの顔を見てみれば、微笑をたたえながらも小首を傾げている。どうやら心当たりが無いらしい。
「なるほどねぇ。ちなみに商工ギルドで許可を貰うには……」
「当然メンバーである必要があンだね。ちなみにメンバー入りするには、王立大学の卒業資格が必要なンだね」
「王立大学……!」
念の為、ミランダの顔をもう1度見た。彼女は首を横に振って答えるばかりだ。なぜかケティも併せて首を振り、楽しくなったのか、しばらく頬肉をプルプルと左右に揺らした。
「それはさておき、衛兵、今期のノルマが厳しくってねぇ。あと2人は牢屋にブチ込まないと怒られちゃうンだわ」
「牢屋かぁ、へぇぇ」
「荒くれ者がひしめく中に、美しいお嬢さんを同席させたら……。うぅん、良心が痛むけども、犯罪者は取り締まらなきゃねぇ」
「荒くれ者かぁ、ふぅん」
「あぁ、どっかに犯罪の証拠となるお金ちゃんは落ちてないかなぁ。それとも店に張り付いて、急に羽振りの良くなった子を探すのが早いンかなぁ」
万事休す。オレに残された道は、たった1つだけだった。
「あのさ、そこで拾った金があるんだ。衛兵のアンタに届けるよ」
「うわぁすごい、大金だねぇ。貰っちゃっても良いのかい?」
「お、オレの金じゃないし。拾っただけだし」
「うんうん、感心だねぇ。じゃあ拾得物を届けたお礼に、3千だけ返してあげるンだね」
「そうか。ルールを守るのは当然の義務だもんな」
「良い心がけ、大変結構。ところでさ、明日もお金拾うよね?」
「明日も……!?」
「そん時はまた、僕に相談して欲しいンだな。そいじゃ宜しくどうぞ〜〜」
衛兵は片手をひらひらと掲げながら、通りを歩いていった。その後姿が路地を曲がり、酒場の方へと消えた頃、凄まじいまでの屈辱に膝が折れた。
「チクショウ! オレの、オレの荒稼ぎライフ……!」
「大丈夫ですか、フェリックさん。良く分かりませんが、法を守ったのなら立派な行いだと思いますよ」
「ミランダ。明日にはここを発つぞ。用が済んだら次の町へ向かうんだ」
「そうですか。この村の人々も、多少なりとも救われたでしょうし。他にも悩める人は大勢いらっしゃいます」
それからは安宿に泊まり、早々と眠ってしまった。無一文に比べたらずっと裕福なのに、不思議と負けた感覚が強い。
やはり金は楽して稼ぐべきじゃない。さもないと、ロクでもない結果が待ち受けていると、骨身にまで学ばされた気分だった。それでも、衛兵に対しては感謝の念など浮かばない。浮かべたくはないと、心に冷えた決意を投げつけた。
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