第13話 つむがれた縁

「なぁミランダ。人間じゃないって、どういう事?」


 予想だにしなかった事実を、オレは呆然としながら問いかけた。返事はない。ただわなわなと震える唇から、言葉よりも重たい何かを感じた。


「すみません。騙すつもりはありませんでした!」


「あっ、待てミランダ!」


 彼女は静止も聞かずに飛び出していった。遅れてケティと共に追いかけるも、既に姿を見失った後だ。走り回って探すには混雑し過ぎており、ひとまず足を止めて周辺を見回す事にした。


「人混みに紛れたか、それとも路地裏に隠れてしまったのか。ケティ、臭いを追いかけたりは出来ないか?」


「ミュウミュ」


「分かってる。ダメもとで聞いただけだよ」


 この村は繁盛してるだけあって、大小の建物がひしめきあい、人の往来も途切れる様子が無い。見慣れた仲間とは言え、探し出すのは難しいだろう。


 そう思っていたのだが。


――おい、どこ見て歩いてんだ。危ねぇだろが。


――すみません、どうかお許しを!


――ちょいとアンタ、そこは洗濯の邪魔だよ。


――すみません、失礼しました!


 探す手間が省けて助かる。ミランダの持つ「運命のイタズラ」のおかげで、拍子抜けする程簡単に居所を割り出す事に成功し、離れた位置から後ろ姿を捉えた。


 ミランダの足取りは重たい。うつむきながら歩く背中も、ハッとする程に小さかった。それから彼女は当て所もなく彷徨った挙げ句、ついには村外れまでやって来た。そして彼方まで広がる農地の前で足を止め、ようやく落ち着く気になったらしい。傾いた柵に腰を降ろして佇んでいる。


 オレは頃合いを見計らって近づき、その隣に腰を降ろした。


「探したぞっていうのは半分ウソだけど、心配したぞ、ミランダ」


「フェリックさん、あの、私……」


「立派な農地だよな。魔法による促成栽培で、作物が早く育つんだって。だから季節感も無く、こんな感じで金色に染まるって話だ」


「ええと、そのお話には何の意図が……」


「まあ見てろって。綺麗だからさ」


 ミランダは納得したようではないが、顔をおずおずと正面に向けた。それに合わせて、オレも同じ景色を眺める。


 眼前に広がるのは一面が金の絨毯だ。時おり吹く風が優しく撫でていき、小麦も応えるかのようにサラサラと音を奏でる。大地の恵みが織りなす絶景は、どこまでも心地よく、胸の内までも豊かに染め上げてくれた。


 それはきっと、ささくれた心でさえも同じだろう。ミランダは落ち着いた口調で、とつとつと語ってくれた。


「先程は失礼しました。説明責任を果たすどころか、逃げ出してしまって」


「良いんだよ。こっちこそ悪かったな、あからさまに驚いたりして」


「人間だと思っていた相手が魔人だったのですから。それも無理からぬ事です」


 魔人とは魔獣が進化した存在だと聞いている。それらは総称して魔族と呼ばれており、全てが魔王の配下だ。つまりはオレ達人間の敵という事になるんだが、ミランダからは害意が微塵も感じられない。それどころか実直で、懸命だ。きつめのトラブルには頭を悩まされるものの、それを補って余る程の性質が彼女にはある。


 この情はきっと信頼感だ。これまでの日々で築いてきた関係性が、オレに対話しようという気にさせる。こちらの気持ちが伝わったのだろうか。彼女はゆっくりとだが、出自の秘密を教えてくれた。


「私は人間ではありません。サキュバスなんです」


「サキュバスって、生気を吸うって魔族?」


「はい。私達サキュバスは、人間から生気を吸い上げ、魔力石と呼ばれるアイテムに封入する事が出来るのだそうです。そんな役目を背負って生まれてきた存在なのです」


「らしいって、自分の能力を把握してないのか?」


「一度として試した事が無いからです。私はこの力が恐ろしくて仕方がなく、ついには役目を果たすこと無く逃げ出しました。幸か不幸か、まだ誰からも身体に触れられた事がないので、自分の適正は判明しておりません」


 ミランダはそう語りながら、胸元に握りこぶしを押し当てた。神に祈るというよりは、押し潰されそうな心の内を支えたいかの様だった。


「魔王様に歯向かった魔人の行く末は永久追放です」


「追放とは、魔族の住まう里から?」


「そうです。どれだけ困窮しようと、2度と戻ることは叶いません。逃げた当時の私には、サキュバス以外の能力を持ち合わせておらず、過酷な大地で生き残るのは不可能でした。飲まず食わずの日々が続き、遂には行き倒れとなったのです」


「辛かったろう。飢えってのは本当にキツイからな」


「しかし私は幸運でした。瀕死に陥る最中、とある人間と出会ったのです。故あって森の中に暮らしている彼女は、私を棲家に連れて行くと、そこで魔法を教えてくれたのです」


「優しい人に巡り会えたんだ」


「少し偏屈な所はありますが、私にとって実の祖母みたいに大切なお方です」


 ミランダの話によると、そこで何年か暮らすうちに回復魔法の初級を会得したらしい。そして、それが別れの合図でもあった。


「お祖母様は言いました。その魔法を頼りに生きてゆけと。若いお前が隠遁暮らしなんか100年早い、さっさと出てけと」


「口は悪いが、まぁ正論なのかもな」


「それから私は生業を求めて神託所へと赴きました。魔人の証は被り物で隠し、治療師の資格を得たのです」


 ミランダは頭巾を解くと、自身の頭を露わにした。青く艷やかな髪の上に紛れ、とぐろを巻く角が2本、こめかみの辺りに備わっている。


「しかし、神官さんの眼は誤魔化せても、女神様には見抜かれてしまったようです。神託所で例のスキルを授かりましたから。神官さんには、それも修行だと教えてくださいました。女神様の教えを説く聖書も、その時に無償でいただいたのです」


「随分と親切だな。下心でもあったんじゃないか」


「言われてみれば、やたらと胸元を見られた気がします。別段、意味があるとも思えませんが」


「おぃぃ、持ち上げるんじゃないよ君ィ!」


 ミランダは両手を組み、その内側で大きな膨らみを強調した。オレはヘンタイじゃないので効果は薄いが、何となく落ち着かないし、そもそも全年齢対象のゲーム世界である事を忘れるべきではない。


 決して忘れてはならないのだ。


「聖書を読みふけり、深く感銘を受けた私は心に誓いました。汝、孤独を遠ざけたくば、篤く心を尽くせ。私は未熟者なりに、世の中の役に立ちたいと考えたのです」


 しかし、ミランダの瞳は次第に伏せられていく。頬を撫でる風も、彼女の暗雲を払うには弱すぎた。


「それでも、気持ち悪いですよね。魔人の私が人助けだなんて。前の仲間であるヒメリさん達にも迷惑をかけましたし、今もフェリックさんのお世話になりっぱなしで」


「オレは君にだいぶ助けられてるぞ」


「ありがとうございます。でも、災難を呼び寄せる私です。しかも、人間の仇である魔人なのです。貴方に今後、致命的な災いが降りかかるかも分かりません。そうなる前に、私は、貴方の前から……」


 酷く思い詰めているらしい。ミランダはそこで言葉を詰まらせた。そのセリフを全て言わせるつもりはないオレは、返答とばかりに自分語りを浴びせかけた。


「オレはな、ちょっと前までうだつの上がらない村人だったんだ。村の入口に突っ立ってさ、畑仕事やモノづくりに精を出す人を尻目に、日がな1日中ボンヤリとしてたんだわ」


 こちらに向けられた瞳は暗いままだ。まだまだ追撃を仕掛けていく。


「そんである日、ついに嫌になってさ。家とか諸々売り払って逃げ出したんだよ。そこで傑作なのが、幼馴染にフラれたって事。騎士団長と結婚するとか言って、もうショックだったよ」


「それは、辛いめに遭われたのですね」


「そっからは涙と鼻水だらけにしてさ、旅を始めたけど魔獣に追っかけられて、ギガントドラゴンなんかに襲われて。ほんと、オレの人生何なのとか思ったもんだよ」


 そこで改めてミランダを正面から見据えた。暗い中にも、微かに生気が灯されているのが見えた。


「ケティに出会ってからは賑やかで楽しいし、君を迎えてからは助けられる事も多くて、すごく快適になった。まだ旅は始まったばかりだけど、毎日が新鮮で充実してるんだ」


「フェリックさん……」


「ミランダ。オレは決して優秀じゃないし、目立ったスキルもない、ただの浮浪者だ。それでも腐らず頑張りたいし、ついでに楽しく過ごしたい。その光景は、もはや君無しでは成り立たないんだ」


「宜しいのですか。魔人を連れ歩けば、今後どのような不都合があるか分かりませんよ」


「そんな事は、問題が起きた時に考えれば良いだろ!」


 オレは勢いよく立ち上がると、彼女を見下ろす格好になった。それから片手を差し出す。それはいつぞやの時と似た構図だった。


「種族が今更なんだと言う。オレとケティとミランダ。この3人を仲間として、今後も歩いて行こう」


「こんな私に、そう言ってくださるのですか?」


「もちろんだよ。ケティもそうだろ……って寝てるし!」


「ミィィミィィ」


「妙に大人しいと思ったら、こんなにもスヤスヤとしやがって」


「はい……。不才の身ではありますが、よろしく、お願いします」


 返答は消え入りそうな声だ。それでも繋いだ手にはしっかりとした力が込められ、思いの丈が伝わる想いだ。


 こうして互いの秘密を明かした事により、絆はグッと強いものとなった。心なしか、ミランダの態度も砕けたものになった気がする。


 しかし全てをさらけ出すにしても、鼻水のくだりは不要だった。もう少しマジな言い回しは無かったものかと、しばらくの間、後悔の念に苛まれてしまった。


 

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