第12話 信じがたい事実

 あれから何日が過ぎたろう。ミランダの持つスキル『運命のイタズラ』は思いの外に強烈で、オレ達は一度として森から脱出できずに居る。しかし食い物はあり、水はありという生活なので、遭難という気分ではなかった。言わば山ごもりみたいな様相だろうか。


 敵を迎え撃っては飯を食い、さすらっては眠りにつく。そうして過ごすうち、さすがのオレ達もだいぶ様変わりしていた。


「あぁ、髪が伸びてきたなぁ」


 頬に掛かる程度だった長さは、いつの間にか肩に届くまでになっていた。絵に描いたような黒髪を後ろ縛りにまとめる仕草も、今となっては手慣れたものだ。


「ケティも髪の毛か? 金毛が伸びたよなぁ」


「ミュウミュ」


「アハハッ。カツラを被ったみたいになってる」


 本来なら、白の体毛に短い金色の毛が被さってる感じだったんだが、それも過去の事。今や猫の顔に金髪を授けた様な外見になっていた。


「フェリックさん。ご飯の用意が出来ましたよ」


「ありがとう、今行くよ」


 そしてミランダ。もともと長髪の彼女は、髪型に関しては大きな変化はない。あったとしたも、服装に比べれば些細な違いだ。


 出会った当初に着ていたローブは耐久限界を迎えてしまったらしい。あちこちが破れ、裾はほつれの大惨事だ。その為にミランダは、使えそうな部分だけ再利用し、服を作り直したのだ。その出来栄えは何と言うか、眼のやり場に困らされるものだった。


「はいどうぞ。豚肉とジャガイモ煮ですよ」


「今日はデザートも付いてる?」


「ええ。近くにリンゴの木がありましたので、いくつかいただきました」


 その言葉とともに皿を差し出されたのだが、リンゴより遥かに大きな2つがブルンと揺れた。新作の服が、胸をこれでもかと際立たせる仕上がりである為だ。


 下半身こそ裾は長く、ふくらはぎまで覆うデザインなのに、なぜ上半身は胸周りに布を巻き付けただけなのか。せめて頭巾の布を使えばと言ったのだが、それは出来ないと彼女は譲らなかった。


 オレはヘンタイではないので、わざわざ見ようとは思わない。ましてや覗き込んだり凝視するなどもっての外。しかし悲しいかな、視界に深き谷間が映るとなると、何となくソワソワさせられてしまう。だから折角の料理も、今ひとつ味が分からず仕舞いになった。オレもケティみたいに、無心になって食事を楽しみたい気分なのだが。


「ミランダ、布地の残りって使い切った?」


「少しだけ残っています。どうされました?」


「いや、ちょっと見た目が刺激的すぎるなって思って。肌を隠した方が良い気がする」


「分かりました。どれだけ出来るか分かりませんが、工夫してみます……」


 その時、何の脈絡も無くミランダの胸元が白く輝いた。かと思えば、最低限に覆っていた布地が消失した。


 縦に揺れる2つ。質量の重たさから地面に引っ張られ、それに皮膚と筋肉が反発して持ち上げようとする。だから、揺れるのだ。


「み、見てない! オレは見てないぞ!」


 真っ赤な嘘だが、顔を横に向けてそう言うしかなかった。


「おかしいですね。装備欄からも消えてしまってます。これが俗に言うアイテム消失バグ……」


「分析は良いから! 早く上に何か着てくださいぃ!」


「あぁすみません。残りの端切れを使いますね」


 そうしてお召し替えを済ませたミランダは、消失前と大差ない格好を披露した。違いがあるとすれば、いくらか汚れが目立つくらい。仕方無い。新たな布が見つかるまでは、その格好で過ごしてもらうしかなかった。ついでに、彼女のインベントリにも小石やら葉っぱを詰め込んでおく。


「それはそうとフェリックさん。朝方の戦闘でレベルが上がりましたね」


「そうだっけ? 聞き逃してたぞ」


「まぁ、環境に溶け込んでしまう音ですからね」


 ステータスを開いてみれば彼女の言うとおりだ。レベルは10にまで上がっており、相応のボーナスポイントも加算されていた。


「レベルアップの通知はほんと分かりづらいよな。ペクゥンみたいな音じゃ気づきにくいっての」


「ペクゥンと言うよりは、ペコォオンでは?」


「まぁどっちでも良いよ。それより振り分けだ、何を伸ばそうかな」


 ステータス画面を開くと、ミランダも隣から覗き込んだ。今となっては遠慮し合う部分はほとんど無い。


「フェリックさん。スキル欄の所が輝いてますね」


「やらないぞ。オレは基礎能力だけ伸ばすと決めたんだ」


「聞いた話によると、こうして光り輝く時は希少なスキルを会得しやすいそうですよ」


「ホントにぃ? 嘘じゃなくてぇ?」


「ご安心ください。フェリックさんは魂の清らかなるお方。きっと女神様も、あらんばかりの祝福を授けてくださる事でしょう」


 不吉だ。ミランダには悪いが、嫌な予感の大嵐だ。


 それでも珍しいスキルが貰えるというのなら、やぶさかではない。意を決して5ポイントを投入してみた。そうして期待と不安の入り交じる中で現れたのは、また反応に困るものだった。


「ほんのり幸運……って何だよ」


「まぁ素晴らしい。さすがですね」


「これいいヤツ? チームワーク初級みたいな、微妙なスキルじゃないのか?」


「フェリックさん。お尻の下に何かありませんか?」


「えっ? ほんとだ、これ1ディナ硬貨じゃん」


「やりましたね。さっそくスキルの恩恵に授かれましたよ」


「だから誤差レベルじゃねぇか!」


 もう騙されない。スキルはクソ。クソの掃き溜め。それに引き換え基礎能力は裏切らない。それがオレの経験則による結論だった。


 実際、能力値の上昇により、見違える程に強くなっていた。ゴブリンなんか敵ではない。それどころか、オニスズメバチだってサポート無しで戦えるまでになっている。ついこの前まで、逃げを重視していたとは思えない成長ぶりだった。


 だからこうして歩く今も、厳戒態勢という程ではなく、むしろ散策に近い気楽さがあった。


「さてと。今日のねぐらは、どの辺にすっかなと」


「ミュウミュ」


「何言ってんだ。別に変わった所はないぞ」


「フェリックさん。確かに少し、様子が違う気がします」


「ミランダまで、どうしたんだよ」


「ほら、光が……」


「ちょっと待て。これはもしかして」


 木々に埋もれる道の向こうは、強い光に染まっていた。誘われるようにして近寄ると、その向こうには新たな光景が広がっていた。


 背の低い草原、なだらかな下り坂、そして農地。遠くに霞んで見えるのは農村だった。


「抜けた……。帰らずの森を、抜けたのか」


 空が広い。山の稜線を見るのもいつぶりだ。肌を打つ風すらも心地よく、それらを目の当たりにして、ようやく事態を飲み込めた。


「やった、オレ達はやっと脱出できたんだ!」


「ミュミューーッ!」


「やりましたね、どうにか生還できました!」


 オレ達は喜びのあまり、肩を抱き合って喜びを分かち合った。実は全員、だいぶ臭うのだが、それすらもどうだって良い。この達成感を前にすれば全てが些事なのだから。


「よぅし。早速村まで行こうぜ。素材は飯で減らしたけど、それでも結構溜まってるぞ」


「フェリックさん。冒険者ギルドに登録していなければ、売ることは出来ないんですよ」


「ミランダは治療師だろ。それならメンバーになれる訳だし、素材だって売れるじゃん」


「あの、その事なんですが……」


「楽しみだなぁ。宿屋の風呂にベッド、どんな感じかな!」


 オレは思わず駆け足になってしまった。久しぶりの村だ、文明の香りに触れたくて仕方がないのだ。しかも宿に泊まれるとなれば、期待が胸に膨らむというもの。


 こうして足を踏み入れたのはファーメッジという村だ。豊かな土壌に広大な農地を拓き、大陸中に取引相手を持つ、活気のある場所だった。その為、村民以外にも商人や放浪者も多く、冒険者ギルドだってある。


 これは幸運な事だ。ギルドが無けりゃ金が作れない。オレはインベントリの中身から皮算用をしつつ、いざ決戦の場へと躍り出た。だが、カウンター越しで告げられた言葉は、いつぞやの記憶と完全に一致していた。


「悪いが、その素材は買い取れないよ」


 よりにもよって、旨いもん食ってそうな体つきまで同じだった。


「どうしてだよ。この娘は治療師だぞ、メンバー資格に相当するだろ。もし審査が必要だったら、それを受けさせて……」


「確かに治療師のようだが、審査もダメだ。帰ってくれ」


 ふざけるなよ。そう思った瞬間には怒りの矛先がカウンターに向けられ、叩きつけた拳で重たい音を響かせた。


「なんだよそれ、理由くらい言えよオイ!」


「そのお嬢さん、人間じゃないだろ」


「えっ……?」


「上手く隠しちゃいるが、歴とした魔人だぞ。だからギルドメンバーになる資格はないんだ」


「そうなのか、ミランダ……?」


 オレの問いかけに、彼女は何も答えようとしない。ただ沈みきった瞳をさまよわせ、そして、手元の方に向けるばかりになった。

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